中川友香③
家に帰ったのは七時過ぎだった。
貴史たちはまだ事務所に残っていたが、菜穂美が遅くなったら悪いからと、友香を帰したのだ。
しかし、表札に「中川」と書かれた一戸建ての家に友香の帰りを待つ者はいない。
両親は共働きで九時頃にならないと帰ってこないのだ。
友香は真っ暗な玄関に明かりを灯した。
玄関を上がり、そのまま二階の自室へ向かう。
友香の部屋は、女の子にしては飾り気がなく、白とブラウンの家具でまとめられた大人びた部屋になっている。
細かいところまで綺麗に整理され、埃一つない。生活感の感じられない部屋だった。
制服を部屋着に着替え、携帯電話を制服から取り出した友香は、一階に下り、キッチンへと向かった。
いつからか夕食を作るのは、友香の役目となっていた。
米を研いで炊飯器にセットした後、手早く3人分のトンカツ、サラダ、スープを作り上げる。
ちょうどご飯が炊けたのと同時に全てが出来上がった。
両親の分にラップをして、友香は一人夕食を摂り始めた。
家の中には友香がご飯を咀嚼する音だけが響く。
友香にとって、静かなこの時間が一番落ち着く。
「ふぅ」
今日の一日を思い返し、一つ息を吐く。
食事が終わった友香は、洗い物に取り掛かった。
ちょうどその時、母親が帰宅した。いつもより少し早い帰宅だった。
「ただいまー」
LDKに入って来た母親が元気に友香へ声をかける。
「おかえり」
ぶっきらぼうに答える。
「あら、今日はトンカツね! 美味しそう」
「うん」
「勉強はどうなの? もうそろそろ期末試験始まるでしょう?」
「平気」
「友達とは上手くやれてる?」
「大丈夫」
母親はいつでもハイテンションだ。そのノリに付き合わないと友香は決めていた。
母親からの言葉を淡々と受け流し、洗い物を終えた友香は自室へと戻った。
「ふう……」
後ろ手でドアを閉めると、ため息をついた。
友香は自分の両親さえも信じられなくなっていた。
PCの電源を入れる。WINKにはまだ誰もログインしていなかった。
二十三時ごろにMASTER_Qが最初にやって来るのが最近の流れだ。
友香は自分の殻に閉じこもるようにヘッドフォンをつけて音楽を流し、勉強を始めた。
二十三時を過ぎた頃、いつものようにMASTER_Qがログインしてきた。
MASTER_Q:こんばんは、パパさん。
来た……。友香は音楽を切り替えた。
アメリカのハードロックバンドの曲だ。
激しいドラムやベースの音が心臓を打ちつけ、ギターの音色やボーカルのシャウトが興奮を掻き立てる。
友香は荒らしをする時にはいつもこのバンドの曲を流すことにしていた。
PapaPopo:気易く呼ぶな!
MASTER_Q:今日も元気そうだね、学校は楽しいかい?
PapaPopo:マスターのせいで元気じゃねーよ。
MASTER_Q:今日もドリーマーズに行って来たのかい?
PapaPopo:悪いか! 死ね!
MASTER_Q:いいや、悪くないよ。彼らを手伝ってやってくれ。
PapaPopo:やなこった! あんな会社すぐ潰れろ!
興奮状態でMASTER_Qの書き込みに噛みついていく。
以前はそれが楽しかったが、今ではどこか、惰性でやっている感じだ。
そうしているうちに貴史、菜穂美、聡が順次ログインしてきた。
TAKA_302:今日はお客さん第1号が来た。
MASTER_Q:おお! それは、おめでとう。
NAMI_1212:ドリーマーズもいよいよね!
SATO_00:ああ、パパさんに今日もいいアドバイスもらったしね
PapaPopo:五月蠅い! 早く潰れちまえ!
MASTER_Q:ほう。パパさんはどんなアドバイスしたんだい?
SATO_00:予知夢の中でクライエントの依頼と関係ないところを、メルマガとして配信してはどうかってアドバイスくれたんです。
TAKA_302:天気とかその日のニュースとかだな。
どうも最近自分の話をネタにされることが多い。
その度に友香は動揺してしまう。
PapaPopo:人の話勝手にするな! ウザイ!
NAMI_1212:パパさんって本当にいいところ突いてるよね。頭も良さそうだね。
MASTER_Q:そうでしょうな。きっと才能に恵まれた子なんでしょう。
褒められると調子が狂ってしまう。
友香はどうしていいのか分からず、イラついていた。
SATO_00:とりあえず、メルマガや広告料なんかも含めて、会社がやっていけるのかどうかもう一度明日計算してみましょう
NAMI_1212:そうね、それから一日2万円のレンタル料が適正かもう一度判断しましょ
PapaPopo:ボッタクリ会社! 極悪社員!
TAKA_302:パパもその中の一人だろうが。
MASTER_Q:とにかく楽しく仲良くやっていくのが一番だ。
TAKA_302:そうだな。
一時前になり、チャットは終了した。
友香はヘッドフォンを外し、寝る準備に取り掛かることにした。
その時、静かな部屋に携帯の着信音が響きわたった。
WINKのメッセージが一件届いていた。
こんな時間に誰だろう? 携帯電話を操作してメッセージを開く。
MASTER_Qからのメッセージ
そろそろ、荒らしも飽きてきただろう? もう辞め時なんじゃないかい?
友香は即座に返信画面を開いた。
何を分かったようなこと言ってるんだ。
友香はイラついた。
しかし、そこで友香の手はピタリと止まった。
そこから返信するべき罵倒が何も思い浮かばなかったのだ。
(え? なんで何も出てこないの?)
友香は混乱した。
頭をフル回転させるが何も出てこない。
五分後、遂に友香は返信を諦めた。明日にしよう……。
部屋の明かりを消して布団に潜り込む。
眠りに着くまでの間、MASTER_Qからのメッセージがずっと頭の中をぐるぐると渦巻き続けた。




