中川友香①
「友香、おはよう!」
友香の肩を叩いて、同級生の直美が声をかけてきた。
いつもの朝の登校風景だ。
「おはよう」
友香は感情の籠らない声で返事する。
友香と直美は、並んで桜並木が続く通学路を歩く。
まだ少し肌寒さは残っているが、気持ちのいい陽気だ。
桜並木は冬の間、枯れ木のような寂しい風貌をしていたが、いつの間にか春に向けてポツリポツリと蒼い芽を出し始めている。
「ねえ、友香。もう進路先の希望出した?」
直美は人懐っこそうな笑顔で友香に話しかけてくる。
「いや、まだ」
対して友香は、まるで感情がないかのように機械的に返した。
正直、この実にならない会話は鬱陶しい以外の何物でもない。
そんな友香の心情などおかまいなしに直美は続ける。
「友香もまだなんだ! 私もどうしようか迷ってるんだよね。短大か、頑張って大学にしようか。私は短大で充分だと思ってるんだけど、親が大学行けってうるさくてさー」
そんなこと言われても困る。直美の進路など私の知ったことではない。
そんな風に考えつつも、それを表に出すことなく友香は首を縦に振って聞いているフリをした。
「私バカだから、大学なんて無理だと思うんだよねー。友香はどう思う?」
意見を求められた事に一瞬戸惑うが、すぐ平静を取り戻して、返事する。
「うん、勉強すれば直美なら大学行けると思うよ。直美、頭悪くないと思うし」
直美は、友香の返事を聞いて、あからさまに嬉しそうな表情になった。
「そんなことないよー。友香みたいに数学スラスラ解けないし」
そんな会話をしているうちにいつしか校門前まで来ていた。
朝から体育教師が校門の前に立って、生徒達に声をかけている。
「おはよう」
「おはようございまーす」
体育教師の挨拶に直美は元気よく応える。
友香は内心めんどくさいと舌打ちしながら、申し訳程度に頭を下げて校門を通り抜けた。
「あ、私部室に用事あるから、先に教室行ってて」
友香が頷くと同時に、直美は体育館の方へ駆けていった。
直美は確かバレー部だったか。
直美を見送った友香は一人、ため息をついた。
いつまでこんな茶番が続くのだろうか……。
元々友香はこんな冷めた性格ではなかった。
直美のように人懐っこく、誰とでも気軽に話をするような明るい子だった。
しかし、中学三年生の時に見た、学校の裏サイトが友香を歪ませてしまった。
そこにはありとあらゆる誹謗中傷が書き込まれていたのだ。
その中には、友香に関する書き込みもあった。
――男子とベタベタくっつく尻軽女死ね!
――おせっかい女キモイ!
――自分の事可愛いと思ってんじゃねえよ! ドブス!
それを目の当たりにした友香は、それまでの人生がボロボロと崩れ落ちていくのを感じた。
人を誰も信用できなくなった。周りの人間は敵だらけ。表ではニコニコしていても、裏で私の悪口を言っているに違いない。
それから友香は、他人に心を閉ざすようになった。
そして、友香は見境なくインターネットの掲示板という掲示板を荒らし回るようになった。
色んな掲示板やSNSサイトに入っては、楽しそうに会話しているところを邪魔する。
実社会だろうがネットだろうが、楽しそうにしている人間が気に入らなかった。
荒らしては追い出され、荒らしては追い出され、色々なサイトを出入り禁止にされた。
そんな時に友香はWINKに辿り着いた。
WINKでも他のSNSサイトと同様に荒らし回り、ほとんどのコミュニティから閉め出しを食らうことになった。
そんな中で、唯一友香を受け入れたのが、貴史らのいるコミュニティだった。
ここは何故か、いくら荒らしても追い出そうとされず、荒らしを受け入れてさえいる空気があった。
友香は当初その空気にイラつき、一段と激しい荒らしを行ったが、友香を追い出そうとする動きは結局出てこなかった。
そのままコミュニティに居ついた友香は、いつの間にかオフ会に顔を出したり、立ち上げた会社のメンバーにまで名を連ねることになっていた。
教室に入る。朝からぺちゃくちゃと騒がしい話し声が教室に響いている。
楽しそうなお喋りがいちいち勘に触る。
友香を見た女子数名が声をかけてきた。
「おはよう、友香」
「おはよう」
友香は、イラつく心を表に出さずに挨拶に答え、席に着く。
それと同時に朝のHR開始のチャイムが鳴った。
今日も最高に煩わしくてつまらない、一日が始まる……。
四限目の国語の授業中。
教室に教師の声だけが響く中、突然、友香のスカートがブルっと震えた。
友香は教師にばれないようにそっと携帯電話を取り出す。
席が後方にあることが幸いし、今まで携帯をいじっていてもばれたことはない。
WINKで誰かがチャットを使ったようだ。
友香はすぐにチャットの返事ができるように、何か書き込みがあったら携帯電話に通知するように設定している。
SATO_00:パパさん、初のお客さんが来ましたよ!
聡が自分に向けて発したチャットだった。
友香は脊髄反射のようにスラスラと文字を入力していく。
PapaPopo:はしゃぐな! 五月蠅い!
SATO_00:今、俺と貴史がクライエントに話を聞いているところです
PapaPopo:接客中に携帯いじるな! 死ね!
SATO_00:そうですね、嬉しかったのでつい報告したくなっちゃいました
SATO_00:ではまた後で
PapaPopo:行かねーよ! カス!
余程嬉しかったのだろう。こんな時間にわざわざチャットしてくることは珍しかった。
(全く、こっちは授業中だというのに)
友香は自分を苛立たせようと務めたが、心は一向に怒りに向かわなかった。
代わりにチャットの内容に好奇心が突き動かされる。
(初めてのお客さんか。どんな依頼なのだろう。)
自分の口元が綻んでいることに、友香は気づいていなかった。




