向井聡⑦
翌日、聡は取材に向かう電車の中で、菜穂美からのメッセージを確認していた。
NAMI_1212からのメッセージ
今日の予知夢「聡の会社の外で待機していると、中から大声が響いてくる。そっと中を覗くと、怒鳴られた聡がうなだれて席へ戻っていくところだった。」
サトーさん、がんば!
(なんというか、まあ、予想通りだな……)
メッセージを確認した聡は、苦笑いを浮かべた。
きっと罵声を浴びせられた挙句、辞めることもできずに席へ戻っていくシーンなのだろう。
(けど、こんなんで終われるかよ!)
聡は心に決めた作戦を実行に移すべく、再び携帯電話をいじりだした。
取材から戻り、時計を確認すると、十三時を回ったところだった。
そろそろ頃合いだ。意を決した聡は足早に松山のデスクへと向かった。
「すいません、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ?」
いかにも面倒臭いといった表情で松山は顔を上げる。
機嫌が悪いことを隠しもしない松山の姿に、心が砕かれそうになる。
しかし、こんなところまできて引き返せなかった。
「ここを……、辞めたいと思っています」
しばらく間を置いて、松山の目が見開かれた。
「なんだと! ふざけてんのか、てめえ!」
松山の怒号がオフィスの中に響き渡った。
完全に松山の怒りに火をつけてしまったようだ。
「この忙しい時に辞めるだと! 穴はどうやって埋めんだよ!」
(ここで、気圧されてはダメだ……)
「お前が働き口ないっていうから取ってやったのに、恩を仇で返しやがって! 礼儀も知らねえのかよ、この愚図が!」
聡は沈みそうになる心を堪え、勢いよく松山を睨み返した。
「知らねえよ! んなもん!」
聡の叫びがオフィスにこだました。
松山が驚いたように目を白黒させている。
「ただのアルバイトに何でもかんでも押しつけやがって! 安月給でそこまで働けるかよ!」
松山は完全に次の言葉を失っていた。
顔が紅潮し、目を左右にせわしなく揺らしている。
「ということで、すいません。辞めさせてもらいます」
聡は松山がうろたえているうちにさっさと切り上げると、一礼して、振り返った。
オフィス内は完全に沈黙し、全員が聡の方を見て口を開けていた。
(言った、言ってしまったぞ……)
聡は興奮状態のまま、席に戻る。
心臓はまだ激しく高鳴っていた。
席に座る時、チラリと新井の姿が見えた。
新井はまるで化け物を見たかのように、身を縮ませてこちらを伺っていた。
しばらくして、松山が聡のもとにやって来た。
聡は再び鼓動が高鳴るのを感じる。
「向井、本当に……辞めるのか?」
その声は今まで聞いたことがないほどに平穏で静かなものだった。
「ええ……」
そのあまりの変貌ぶりに驚きながらも、俯いたまま答える。
「そうか、なら仕方がない。優秀だったから何でも頼みすぎてしまってたな。すまん」
「いえ……」
あの松山が自分に謝罪していることが信じられない。
「次はもう決まってるのか?」
「ええ。友人と会社を興そうと思っています」
「そうか、上手くいくといいな。今日まで御苦労さん。引き継ぎだけはしっかり頼むぞ」
「はい……。ありがとうございました」
結局、最後まで聡は顔を上げることができなかった。
引き継ぎを終え、帰宅したのは日付が変わった後だった。
帰った聡は、着替えもせぬままPCを起動させ、WINKにログインした。
SATO_00:ただいまです
NAMI_1212:サトーさんおかえり!
PapaPopo:サトー職無し! やったね!
MASTER_Q:お疲れ様、サトーさん。
TAKA_302:おかえり~。今日大丈夫だったか?
NAMI_1212:ん?タカさん今日見に行ったんじゃなかったの?
MASTER_Q:昨日はその約束していたが。
TAKA_302:そうだったんだけど、今日サトーさんに来ないように言われたんだ。
PapaPopo:聞いてないぞ! コラァ!
そうなのだ。午前中の間に聡は、貴史にキャンセルの連絡を入れていた。
どうしても言われっぱなしで辞めたくなかったのだ。
NAMI_1212:そうだったんだ! じゃあ予知夢は変更になったの?
SATO_00:恐らく……。変わったと思います
MASTER_Q:では、キャンセルの効果は出たということですな。
NAMI_1212:サトーさん、良い方に変わったの?
SATO_00:うん、言いたいこと言えたし俺自身は満足してますよ、今日付けで辞めることができましたしね。
PapaPopo:サトーズルい! ちゃんと怒鳴られて来い!
TAKA_302:俺はなぜか、お隣の音にビクビクするハメになったけどな。
NAMI_1212:予知夢回避の効果ね、そんなもんなら安いもんじゃない
MASTER_Q:しかし、これで予知夢回避ができる可能性も出てきたってことになりますかな?
SATO_00:そうですね、何度か試してみる必要はあると思いますけど
PapaPopo:失敗しろ! ポンコツタカ!
NAMI_1212:今度は私の方か。タカさん、ちゃんと大学まで来てね
TAKA_302:分かってるよ。ああ、それと
TAKA_302:予知夢で見ることのできる時間帯なんだけど、操作が少しできるようになった。
MASTER_Q:なんと。それはすごい!
NAMI_1212:すごい! どうやるの?
TAKA_302:今のとこだけどね。覚えときたい時間帯になったら、手で頬を叩くんだ。
SATO_00:え?予知夢見る前日にってことですか?
PapaPopo:自分で自分ボコるって(爆)
TAKA_302:いや、予知夢見た後なんだけど。
NAMI_1212:何それ! 原因と結果がごちゃごちゃじゃない。
MASTER_Q:きっとタカさんにしか分からないことなんでしょうな。
PapaPopo:タカ意味不明すぎる! ニート過ぎて脳が腐った!
TAKA_302:俺にも良く分からないんだけどな。
TAKA_302:けど、この時間のことを見たいって思うとそれしかないように思えたんだ。
NAMI_1212:まあいいわ。できるならそれが一番だから
PapaPopo:ナミ大雑把過ぎ! 考えなさすぎ!
SATO_00:でもそれなら仕事の方も成功率上がりそうですね!
MASTER_Q:そうだね、きっと上手くいくよ。
TAKA_302:いよいよ明日からドリーマーズ本格始動だな。
NAMI_1212:何? ドリーマーズって?
SATO_00:会社の名前ですよ。昨日タカさんが名づけました。
PapaPopo:ドリーマーズ(笑)ダサすぎ!
NAMI_1212:パパさんに同意……。
聡が退職したことを受けて、翌日からドリーマーズは始動に向け動き出すことになった。




