向井聡⑥
「ねえ、当選金で何か買った?」
菜穂美がメンバーを見渡して言う。
「いや、まだ手つけてない」
「俺も」
「私も……」
第三回のオフ会は二回目の時と同様、街外れのレストランで行われていた。
MASTER_Qは今回も欠席だった。
「やっぱり。私も何に使っていいのか、いまいちピンとこないんだよね」
「まあ、必要な時が来るまでそのままでもいいんじゃないか?」
聡が言ったタイミングで、ウェイターが注文の品を持って現れた。
悪い話をしている訳ではないのだが、なぜかみんな揃って会話を中断する。
ウェイターが席を離れるのを待って、貴史は声のトーンを落として切り出した。
「それで、みんな考えてきた?」
「ええ、でも具体的な案は全然出なかった」
そう言って、菜穂美は肩を竦ませる。
「自然災害とか、そういうのは回避できないんだよな?」
前回、菜穂美が書いたメモのコピーを取り出し、誰となしに尋ねる。
「今のところ、そういう結論になってるね」
貴史が紙を覗き込んで言った。
「だったらさ、予知夢で見た災害とか天候情報を発信するっていうのはどうかな?」
「うーん、いいとは思うけど、予知夢で毎日そういうものを見るかって言われると疑問よね」
「予知夢に出てくる時間帯のことしか分からないしね」
「そっかー、じゃあ微妙だな」
「あの……。」
一同が鎮まった瞬間に友香が口を開いた。
「貴史さんを、必要な方に貸し出すっていうのはどうでしょうか……?」
意味が分からず一同がキョトンとした表情になる。
「えっと、どういうことなのかな?」
代表して聡が尋ねてみる。
「予知夢では貴史さんの周りで……、インパクトが強い出来事が分かるんでしょう……? それなら……、何か大きなイベントがある人に貴史さんを貸し出せば、前日にその結果も分かるかも……」
「言ってることは分かるけど、意味はよく理解できないわ……」
菜穂美は頭を抱えた。
「何か大きなイベントがある人が貴史を借りに来る。そしてイベント前日、そのイベントの結果を知る。そしてそのイベントに貴史が同行する……?」
「そうなりますね……」
聡の言葉に、友香は頷き、続けた。
「もっとも……予知夢が期待通りの結果にならなければ……、貴史さんが同行するのを止めて、予知夢を回避するという手もあるかもしれませんが……」
「貸し出し予約だけをして、僕が実際に同行しないと別の結果になるのかな?」
「そこは、試してみないと……何とも……」
「何度か実験してみないと分からないかもしれないわね。もうすぐ試験だし、貴史借りてみようかな」
「ははは、それはいいかもしれないな」
「でも結構面倒臭いよな……」
貴史はボリボリと頭を掻いた。
「それならさ、これを仕事にするっていうのはどうだろう?」
聡がメンバーを見渡して言った。
「仕事?会社を興すってこと?」
「そう、そうすれば貴史もニート脱出できるだろ?」
「ああ、そうか。うん、それはアリかもしれないな!」
貴史はニート脱出という言葉に惹かれたようで、突然目が輝きだした。
「でも聡は今の会社どうすんの?」
「今の会社にはもう未練ないよ。いつだって辞められるさ」
友香の方を向いて笑顔を見せる。
友香はどう返答して良いのか分からないようで、視線を外して、目を虚空に彷徨わせた。
「そう。私も就職活動しなくて良くなるなら大歓迎だけどね」
菜穂美は少しわざとらしい笑顔を見せた。
「友香は大丈夫なのか?」
「私は……、高校生なので……、アルバイトで……」
「そうか、じゃあ決まりだな!」
貴史はやたらと張り切っていた。
「そういえば、今日の予知夢ってこれの事だったのね」
菜穂美が急に思い出したように言う。
「ニート脱出できて喜んでいる、って、まだできてないのに……」
「ははは!出来たも同然じゃないか! しかも自分たちの会社だぜ! 起業バンザイ!」
貴史は先走り、完全に舞い上がっている。
「その前に、また予知夢の実験をしてみないとな」
「ああ、そうだったな。菜穂美の試験で実験ってことでいいのか?」
「しょうがない、実験台になってあげる。来週、大学の試験が始まるから貴史が同行するパターンとしないパターン両方試してみましょ」
その話を聞いて、ふと聡の頭に閃くものがあった。
「俺も、明日貴史借りていいかな?会社辞めるって言いに行くから」
聡の中では、既に会社を辞める決心が固まっていた。
「大丈夫なのか、会社の中まで入れる?」
「さすがにそれは無理だろうけど、昼過ぎた頃に言うようにするから会社の外で聞き耳立てておいてくれ。きっと怒鳴り声が聞こえるはずだから」
「聡の会社ってそんな怖いところなのか……」
「ああ、完全なブラック会社ってやつだ」
「そうか、今までお疲れさんだったな」
「そうね、御苦労さま」
「ありがとう」
皆からのねぎらいが心に染みる。
「では……、明日は聡さんに同行、来週以降は……菜穂美さんに同行して、実験、ですね……」
「うん、予知夢回避もできるのが理想だな」
「そうね、その方がいい売りになるからね」
「とりあえず、新しい門出を祝して乾杯しようぜ!」
やはり貴史はウキウキである。
他のメンバーはやれやれといった表情でグラスやマグカップを持ち上げる。
「えっと、会社の立ち上げと、今後の発展を願って乾杯!」
「乾杯!」
カチン カチン
グラスやカップがぶつかる小気味良い音が、店内に響き渡った。
その夜、MASTER_Qへオフ会報告が行われていた。
オフ会の日の常で、今夜も菜穂美は不在だった。
MASTER_Q:タカさんを困っている人に貸し出すサービスか。
SATO_00:ええ。それと、もし嫌な結果が出るようであれば、
SATO_00:貸し出しをキャンセルして、予知夢回避ができないかな、と
TAKA_302:それはこれから実験してできるか確認するんだけどな。
PapaPopo:人のアイデアを自分が考えたようにしゃべってんじゃねー! バカサトー!
SATO_00:そうですね、これはパパさんのアイデアです
MASTER_Q:なんと。パパさんはアイデアマンだね。
TAKA_302:いつもボソっと良いこと言うんだよな。
PapaPopo:うるせー! みんな死んでしまえ!
MASTER_Q:それでタカさんはどうやって貸し出すんだい?
SATO_00:それなんですが、みんなで会社を立ち上げようかと
MASTER_Q:それはすごい! 会社で広報していくってことですな。
TAKA_302:そうだね。それでマスターさんにも是非入ってもらいたいんだけど。
MASTER_Q:うーん、私は自営業やってるからね。
SATO_00:そうなんですか……
PapaPopo:マスター一人だけ抜け駆けズルい!
MASTER_Q:でも出資はさせてもらうよ、この前当たった1000万円。
TAKA_302:え! いいの?
SATO_00:悪いですよ、メンバーみんなも500万ずつ出資って話ですし。
PapaPopo:偽善者共め!
MASTER_Q:いいんだよ。タカさんに儲けさせてもらったようなもんだからね。
MASTER_Q:その代わり幽霊社員として私も入らせてもらうよ。
TAKA_302:幽霊社員っていうか、ご意見番になってくれると嬉しいかな。
SATO_00:そうですね、マスターさんには色々相談乗ってもらいたいですし
PapaPopo:みんなバカばっかりだからな!
MASTER_Q:分かった。何かあったら相談に乗らせてもらうよ。
こうしてMASTER_Qを加えた、五人の会社「ドリーマーズ」は設立されることになったのだった。