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夢現  作者: 猫芽ヒカル
17/34

向井聡④

午前九時。

聡は自宅のPCの前で座っていた。

いつもの出勤時間はとっくに過ぎている。


会社には風邪で休むと伝えておいた。

もちろん仮病である。

朝から松山に怒鳴られる羽目になったが、そんな事よりも今日休みが決まったことで心は平穏だった。


 今日休んだのは他でもない、@7を購入に行く為だ。

会社をズル休みするほどに、聡は今日の予知夢に賭けているのだ。

今は菜穂美からの予知夢メッセージを待ちわびているところだ。


結果がどうなるのか、ソワソワして落ち着かない。

聡はコーヒーを少し飲んでは机に置き、少し飲んでは机に置きを繰り返していた。

いつも通りであれば、もうそろそろメッセージが届く頃だ。


 九時半を過ぎた頃、WINKに菜穂美がログイン。

その直後メッセージが届いた。

聡は慌ててメッセージを開く。


 NAMI_1212からのメッセージ

 今日の予知夢「@7が当たってWINKチャットで喜んでいる夢。当選番号は8439651。」

 やったー! 成功みたいね!


「よっしゃあー!」


 メッセージを見た瞬間、聡は誰もいない部屋で雄たけびを上げていた。


(上手くいった! やったんだ!)


聡は喜び勇んで、早速出かける準備を始めた。


 自転車をこいで駅前に向かう。

一月の冷たい風が頬に当たって痛いが、今の聡には苦にならず、全速力で風を切って走る。

駅前は通学や通勤の人々が一段落して、朝早くから買い物に来たと思われる主婦がまばらに歩いていた。

聡は駅横にあるスーパーに自転車を停めた。


 スーパーの横に併設された小さな小屋、そこが宝くじ売り場となっている。

何度もスーパーに来たことはあったが、この宝くじ売り場に顔を出すのは初めてだ。

聡はそっと中を覗き込んだ。


小屋には中年の女性が座り、俯いて何かを読んでいた。

聡は思い切って声をかけた。


「すいません、@7買いたいんだけど」


中年女性は、顔を上げてじっと聡の顔を覗き込んだ。

お客さんが少ないのだろうか。まるで変人を見つけたように物珍し気な表情だ。


「あー、はいはい@7ね。じゃあこの用紙に好きな数字を記入して」


中年の女性は客であることを確認すると、今度は一転して面倒臭そうな表情で説明を始めた。

そして少し乱暴な動作で、聡にマークシートを手渡す。

聡は携帯電話を開き、もう一度WINKのメッセージを確認した。


(8439651だな)


暗唱した通りの数字をマークシートに塗り潰していく。

ばっちりだ。聡はもう一度数字を見直し、一人頷いた。


「おばちゃん、これでお願い」

「はい、じゃあ三百円ね」


マークシートと三百円を支払い、購入番号の書かれた抽選券を受け取る。

そして上機嫌のまま、後ろを振り向いた。


「うわっ!」

「ぎゃぁ!」


 すぐ後ろに菜穂美が並んでいた。

後ろに並んでいたにも関わらず、菜穂美も聡に気付いていなかったようだ。


「あー、買いに来たんだ?」

「うん……、もう買ったんだ?」

「うん、今買ったとこ」


オフ会と違い、不意打ちで出会ってしまうと、何を話していいのか分からない。

菜穂美もそれは同じようで困った顔をしている。


「貴史のお陰で大金持ちになれるな」

「そ、そうだね……」

「……」

「……」

「そ、それじゃ」

「う、うん……」


微妙なやり取りを終え、菜穂美と別れると、聡は自転車で家路に向かった。



「当選金額一千万! 百万じゃなかったのかよ……」


 家に帰って来た聡は、@7の抽選時間をインターネットで調べていた。

すると@7のウェブサイトにはデカデカと金色の文字で「最高一千万円」と書かれていたのだ。


(思っていたよりもこりゃ、大変なことになるな……)


聡の月給の五年半分の額である。

事の重大さにマウスを持つ手からじんわり汗が滲み出た。


「えっと、今週分の締め切りが一時までで、二時に抽選か」


その十分後には結果がウェブサイトで発表されると書いてあった。

つまり、それまでは……暇だ。


「どうするかなー……」


 平日のこの時間に家にいることなど、ここ三年間は一度もなかった気がする。

その為、この自由な時間をどう使ったら良いのか見当がつかない。

聡はWINK以外に趣味など何も持ち合わせていなかった。


とりあえず、ベッドに大の字になって寝転がってみる。

いつもは低く感じる天井が、今日はやけに高く見えた。


(俺はこの先、どうしたらいいんだろうな……)


何もすることがないと、ついつい余計なことを考えてしまう。

あと二年アルバイトとして働いて、そのまま正社員になって、死ぬまで今の職場で働き続ける。

今になって考えてみると、そんなこと到底無理なことに思える。

かといって他に自分に何があるというのだろうか。


(貴史ならどうするかな?)


ふと、そんなことを考えた。


ベッドから起き上がった聡は、起動させたままのPCを操作してWINKにログインした。

貴史はログインしていないようだった。


 SATO_00:誰かいますか?

 PapaPopo:うっさい! 急に来るな!


 友香から素早い書き込みが返ってきた。


 SATO_00:パパさんだけですか。

 PapaPopo:悪いか! このヤロー!

 SATO_00:これから俺はどうしたらいいんでしょうかね?

 PapaPopo:知るかボケ! 考えすぎて寝込んでろ!


 何故か友香からの心ない返事に安心感を覚える。自然と笑みがこぼれていた。


 SATO_00:今の仕事続けていくべきでしょうか?

 PapaPopo:辞めたきゃ辞めればいいだろ! ホームレスして死ね!

 SATO_00:この時期ホームレスは厳しいですね。

 PapaPopo:サトーにはお似合いだ! 寒さで凍えてろ!

 SATO_00:パパさんはやっぱり厳しいですね。今楽しいですか?

 PapaPopo:人に話振るんじゃねーよ! 頭爆発するまで一人で考えろ!

 SATO_00:そうですよね。自分のことですもんね。

 PapaPopo:自分の事は自分で考える、猿にでもできるわ!

 SATO_00:そうですね、自分でもうちょっと考えてみます。ありがとう。

 PapaPopo:もう来んなよ! バカサトー!


奇妙なチャットはそこで途切れた。

アドバイスや慰めなど一切なく、ただ罵倒されていただけだった。

それでも聡はいつも通りの友香に少し感謝した。

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