川上菜穂美⑥
いつの間にか、外は暗闇にすっかり包まれていた。
無意識のうちに部屋の電気を点け、コーヒーを淹れている。
時刻は六時二十分をまわっていた。
「ここで緊急ニュースが入りました。インドネシアでマグニチュード7・2の地震がありました。震源地は……」
今まで入ってこなかったアナウンサーの声がやけにクリアに聞こえてきた。
ん? 地震……? 菜穂美は我に返ってテレビを覗き込んだ。
映像は現地の様子が映し出されている。
高台からの映像で、様子がよく分からないが、画面の右上には “速報!インドネシアでM7・2” というテロップがハッキリと書かれていた。
菜穂美は急いでPCを開き、WINKにログインした。
貴史は既にログインしていた。
NAMI_1212:タカさん、今のニュース見た?
PapaPopo:ナミうるさーい! 黙れ!
貴史からの返事を待つがなかなか来ない。
何かあったのだろうか。
心配していると、しばらくして貴史から返事が来た。
TAKA_302:ごめん。今ラーメンこぼして片づけてる。
なるほど……。やはり予知夢は当たっていた。
数分後、チャット画面に再び貴史のハンドルネームが登場した。
TAKA_302:お待たせ。今日も当たっちゃったね。
NAMI_1212:そうね。今地震のニュースも流れてる。
NAMI_1212:でもラーメンこぼすって分かってたのに注意しなかったの?
PapaPopo:タカはうっかりさんなんだから!
TAKA_302:もちろん気をつけてたさ。でも持った瞬間つるっと滑っちゃったんだ。
NAMI_1212:それってさ、必然の出来事だと思う?
菜穂美は先ほどから考えていた疑問をぶつけてみた。
TAKA_302:ん? どういうこと?
PapaPopo:タカが死ぬのは必然! 間違いない!
NAMI_1212:つまり、ラーメンこぼすのは夢を見た時点で決まっちゃってるのか、ってこと。
TAKA_302:うーん、どうなんだろ? ラーメン食べなければこぼすこともなかった……?
NAMI_1212:わからない。この話はみんなが揃ってから話し合った方がいいかもね。
PapaPopo:やれやれ、またみんなで騒ぐのかよ! 来なくていいのに!
TAKA_302:そうだね。今夜人が揃ったら相談してみよう。
チャットは一旦途切れた。
テレビではインドネシア地震のニュースが続いており、地震発生時の様子が映し出されていた。
グラグラと縦に揺れる映像。
叫び声とともに逃げる人々。
この人達は無事に逃げ切れたのだろうか。
映像を眺めていると、人々の気持ちが菜穂美の中に流れ込んでくるような錯覚を覚える。
恐怖、悲しみ、怒り……。
気分が悪くなった菜穂美は、テレビを消し、コーヒーを一口飲んで、心を落ち着かせることにした。
〇時を過ぎた頃、ようやく菜穂美は論理学のレポートを片づけた。
ほとんどはネットの写しに近かったが、まあ大丈夫だろう。
コーヒーを淹れなおしWINKにログインする。
既にメンバー全員がログインしているようだった。
NAMI_1212:お待たせ!
PapaPopo:待ってねえよ! カエレ!
TAKA_302:夕方ぶり!
SATO_00:ナミさん、こんばんは
MASTER_Q:ようこそ、ナミさん。
いつも通りの挨拶が来る。
その後の話題は今日の予知夢のことでもちきりだった。
SATO_00:今日の予知夢はでかいの当ててしまいましたね
MASTER_Q:確かに。今までは身の回りだけのことだけだったからね。
NAMI_1212:タカさん、最初はラーメンこぼしたことしか言ってなかったけどね
TAKA_302:そうだった? ナミとの電話全然覚えてないんだが。
PapaPopo:タカ、ボケてんじゃねーぞ!
NAMI_1212:そりゃいつも寝ぼけたような声だからね、ほとんど寝てるんじゃないの
MASTER_Q:まだ頭ははっきり起きてないのかもしれないね。
SATO_00:ならナミさんの聞き出し方がファインプレイだったんですかね
NAMI_1212:そうかもね! うふふふふ
PapaPopo:ナミキモイ笑い方やめろ! 近づくな!
TAKA_302:まあどちらにしても、僕一人じゃ覚えてないことに変わりないしな。
MASTER_Q:今後もお願いしますね、ナミさん。
NAMI_1212:それはいいんだけど、一つタカさんと話していたことがあるの
SATO_00:どんな事ですか?
NAMI_1212:タカさんが予知夢で見た未来は変えることができるのかな?
PapaPopo:ナミ仕切るな! アホたれ!
菜穂美の問いに、友香以外の答えが返って来るまでしばらく時間があった。
MASTER_Q:うーむ、どうなんでしょうな。
TAKA_302:今日の場合、地震はどうにもならないとして
TAKA_302:ラーメン食べなければ、こぼさずに済んだかもってことだよな。
PapaPopo:うっかりタカはそれでもラーメン被ると思うよ!
SATO_00:そうですね、事前に危険が分かってそれが回避できるのであれば、すごく良い能力に思えますね
NAMI_1212:そうでしょ、やってみる価値あると思わない?
MASTER_Q:賛成だね。
SATO_00:俺もいいと思います。
TAKA_302:僕は自分の危機が回避できるんだったら是非お願いしたいな。
PapaPopo:はんたーい! タカは不幸じゃなきゃヤダヤダ!
NAMI_1212:じゃあ決まりね。タカさんは明日から夢と別の行動取ってみて
TAKA_302:分かった。なんかドキドキするな。
SATO_00:そうですね。タカさんがなんか羨ましくなってきました
PapaPopo:失敗しろー! 不幸になれ―!
MASTER_Q:そうだね。危機回避できるなんてあやかりたいものだ。
NAMI_1212:私達もタカさんとの行動を増やせば、あやかれるかもね
SATO_00:確かにそうですね。ふふふ
TAKA_302:サトー、笑い方が怪しいぞ……。
こうしてメンバーの祈りを込めた予知夢回避作戦は実行に移されることとなった。