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ひどい話

作者: 小林

 いい奴だけど、残念な人というのはどこにでもいるものだ。俺の友人、哲也もその一人だと思う。ある時は、確実にスベると分かっているのに余計なことを言ってしまう。言わずにはいられない。その場の空気を凍りつかせた挙句、周囲の人にも火傷を負わす。またある時には、女友達に向かって「まだ彼氏できないの?」だとか「だからモテないんだよ。」などと平気で言ってのける。あまりに軽くその言葉を発するものだから、嫌味な感じは一切しないが。できることなら俺がデリカシーを補ってやりたいところだが、俺には自らの非力を呪うことしかできそうにない。でも、そんな哲也を羨ましいと感じることもある。自由に人生を謳歌するあいつを。それに、困ったときにはいつだって力を貸してくれる。

 そういえば、いつかこんなことがあった。


 あれは大学2年生の5月。春がキャンパスにしっかり行きわたった頃の話だ。俺と哲也、それに響子の三人で、麗らかな陽気で包まれた大学構内を歩いていた。

「次の講義って何だっけ?」

 哲也が頬に自分の腕の跡を残したまま、寝ぼけた顔で尋ねる。そりゃ、さっきの経済学であれだけ机と仲良くしていれば、そんな顔にもなるか。やれやれと俺が応える。

「会計学だろ。響子もそうだよな。」

 響子も哲也を見て、顔だけで笑いながら言う。

「うん。早くいかないと後ろの席埋まっちゃうね。」

 会計学の講義は、さっきまでいた建物とは別の、少し離れた所にある共通講義棟で行われる。今はそのための移動中というわけだ。三人で暖かい風を感じながら歩いていると、大事なことを思い出したという顔をしてから、響子が俺に訴えてきた。

「あ!そうだ! ねえ、京介くん聞いて! 哲くんひどいんだよ! 朝、哲くんが私になんて言ったと思う? ‘響子、太ったな’って言ったんだよ! いくら仲が良いとはいっても、言って良いことと悪いことがあると思わない? そりゃあ確かに、じゃあ痩せたのかって言われればちょっと自信ないけどさ。でも、わざわざ口に出して言うことないと思わない? これは許せないよ! ねえ、どう思う?」

 姫は大変ご立腹のようだ。だが、体重の話は女性が最も敏感なテーマであり、そんなことは哲也も良く分かっているはずだと思う。哲也は決して常識を欠いているわけではない。ただ残念なだけだ。本当にそんなこと言ったのかよ、と思いつつも、仮に哲也がつい口を滑らせてしまったとするのなら、これは彼の失策に他ならない。未来の哲也と今の響子のために、俺は哲也に視線を移し、少し大げさに顔と声を作ってから判決を述べる。

「うわ、それはひどい。これは死刑だな。」

 これを聞いて、哲也は苦みを深くしながら笑う。それから、俺を諭すようにゆっくりと語りかける。

「京介、よく聞け。それ、こいつの夢の話だぞ。」

 俺は無言で、優しく哲也の肩を二度叩いた。


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