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脇役令嬢の失恋  作者: 夕燼
脇役令嬢の失恋
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祝福と、慟哭と


 透きとおるような春空の青に色とりどりの花弁が散る。

 風に乗ってひらり、ふわり、花嫁を彩る百花はまるで天使の祝福のようだ。

 まだあどけなさを残す少女の頬は薔薇色に輝いて、清楚なドレスに包まれた姿をこの上もなく美しく見せていた。


「ごらんなさいな、真珠と金剛石の刺繍だわ」

「今一番人気の仕立て師のエイデルが手掛けたのですって、三ヶ月がかりで!」


 参列席では貴婦人達の上品な唇が伴奏でもあるかのように囁きを交わす。決して大きくはないのに、細波のように絶え間ないそれは否応無しに耳に届いた。


「勇者様はサクヤ様とおっしゃるでしょう? 花が咲くという意味が込められた名だとか」

「まぁ、だから春まで式を延ばしたのかしら」

「閣下の寵愛ぶりがよくわかりますこと」


 お陰で知りたくないような事情もすっかりと脳裏に刻まれてしまった。あの日あの人と別れた薔薇の咲く頃から、三つの季節を越えて今ようやく結婚式が執り行われる理由さえ。

無論、異世界より至り貴族の常識も知らぬ花嫁を教育するのに時間がかかったということもあるだろう。

 けれど望めばその通りに全てを成してきたあの人がこの季節まで待ったのは、彼女の為に違いなかった。

 青空に光り輝くような壮麗たる階段を下りてくる、完璧な一対。

 花婿の銀の髪は雪解け水を思わすような清冽な輝きに満ちて、白の正装に落ちかかる様はどんな言葉を重ねても足りないほど美々しい。

 可憐な黒髪の花嫁が転んでしまわないようにと気遣っているのがよくわかる、ゆっくりとした足取り。

 愛おしさに細められる紫水晶の眼差しは、傍から見ているだけで照れてしまいそうな程甘い光を浮かべていた。



 ――一年ぶりに見る、貴方の横顔。

 それはあの日と少しも変わりなく気高く美しく、けれどまるで知らない人のようだった。

 見たこともない微笑み。眼差し。仕草のひとつひとつ。



 指先をきつく握れば、しっとりとした光沢のドレスの生地が皺をつくった。

 重ねられたヴェールのような薄い布が儚い光をきらきら零す。アベルが綺麗だと褒めてくれたドレス。

 貴婦人にはこの上なく相応しい、美しく大人びたドレス。

 けれど、本当の私は何一つ叶えられなかった無力な娘でしかなかった。全てを捧げ愛した人に容易く切り捨てられてしまう程度の、価値のない人間でしかなかった。


(クロード様)


 ずっとずっと逢いたいと思っていた。

 逢って、そうして、胸から消えない疼きを断ち切ってしまいたかった。

 愛でもいい、憎しみでもいい、この想いに決着をつけたくて。

 けれど今、胸にあるのはぽっかり穴を空けたような虚しさだ。


 花の匂いを含んだ風が花嫁のヴェールを揺らす。

 春の柔らかな陽射しが祝福のように降り注ぐ。

 光に満ちた幸せな世界を眺めながら、私は知らず呟いていた。


(ねえ、クロード様)


 どうして隣の方にはそんな顔をなさるのですか。

 ずっとお傍に居ても私には下さらなかった、蕩けるような微笑みを向けるのですか。


 あの頃の、私の傍に居た貴方は、本当の貴方ではなかったのでしょうか。

 その魂は真に愛する人と出逢う日だけを待っていたのでしょうか。


 そうだとしたら、私の初恋は一体何処へ行けば良かったのですか。

 貴方の背を追って駆けた幼い少女の鼓動は、貴方にとって何の意味もないものでしたか。

 私という、存在は。


「クロード様……!」


 掠れた声で、悲鳴のように呼び掛けた名は、瞬間起こった歓声に呑まれて藻屑と消える。

 最下段まで至った主役達は愛しさの溢れるままに抱き締め合い、幸福の絶頂で微笑んでいた。


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