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脇役令嬢の失恋  作者: 夕燼
異世界勇者の選択
12/26

伝説の途中


 魔は何百年かおきに世界のどこかで大発生し、幾つもの国を滅ぼしたイキモノたちなのだそうだ。

 知能は人と全く同じで、とても生命力が強く、串刺しにされた程度では死ぬことがない。

 彼等のエサは人間――つまりはクロード達。

 おまけに食らった者に擬態するという、厄介な特技まで持っていた。


 一人ひとりと消えていく家族や友人に南方の民は怯え、畑を耕し店を商う気力を失っていた。

 だって、誰も信じられないのだ。

 残された僅かな仲間でさえ、魔なのかどうか見分けがつかないのだ。

 食われるその時にようやく騙されていたのだと気付くのだ。


 未だ侵食されていない地域へ伝手のある人はとっくに逃げ出していた。

 残されたのはそこで暮らしていくしかない人々。

 絶望と疑心暗鬼が心を苛み、紛れこんだ魔にいつ食われるとも知れぬ日々。


『あたしでなきゃ、倒せないんだね』


 勇者として振るうことの出来るあたしの力は、二つあった。

 一つは異世界人であるが故に、世界を歪めて具現化するあたしのイマジネイション。

 無敵のバリアも地獄の業炎も呪文なしに作れる、反則技といっていいくらいに強い力だ。

 それからもう一つは、魔にとってこの上なく魅力的に映るという勇者の血。

 南の地をくまなく巡回し、人に擬態した魔たちを誘き出して殲滅する。

 それがあたしに課された使命だった。


 道連れはクロード一人だけ。

 こんな危険な旅に筆頭貴族がついてくるなんて、普通はありえないんじゃないの。

 そう聞くと、自分より強い魔力を持つ人間は他にいないからだとクロードは言った。

 絶大な権力と美貌と国一番の魔力と。

 色々背負ってて大変そうだねと呟くと、そう生まれたのだから責務は果たさねばな、と返された。

 許す気はないけれど、可哀想だと少し思った。



 旅の間、あたしが流した血の量は筆舌に尽くし難い。

 例えそれが化物のものであっても。

 昨日まで優しくしてくれた宿屋のおばさんや、気の良い村長さんが、あたしを食おうと襲いかかってくるのを何度切り裂き燃やしたことだろう。

 いつしか、人々の瞳を翳らせているのと同じ疑心暗鬼があたしの胸にも棲みつこうとしていた。

 だけど。


『あたしのおとーさんってさ、すごいお人好しだったんだ』

『……そうか』

『お金騙し取られたりとか何度も経験しててさ。それなのに、困ってる人がいたら何度でも手を差し伸べるんだよね。それって、賢い人からみたら馬鹿っていうのかもしれないけど』

『けど?』

『あたしはそういうところが大好きだったの。それに、そういうおとーさんを助けてくれるひとも、同じくらいいっぱいいたんだよ』


 信じて、裏切られて。

 だけど優しい父はいつだって笑っていた。

 それより人を信じられなくなる方がずっと怖いよと、あたしの頭を撫でながら囁いた声を今でも覚えている。

 時を、距離をこんなに隔ててしまったけれど。

 おとーさんの居ない異世界で一人ぼっちになってしまったけれど。

 それでもあたしはどう生きるか選ぶことを許されている。

 それならば、あたしは。


『信じるのをやめないでいたいよ』

『サクヤ』

『クロード、あなたのことも。最後まで付き合ってくれるでしょ?』


 隣にいる彼でさえ寝ている間に食われていて、本当は化物なのかもしれないなんて疑えばキリがない。

 それよりも、あたしが夜露に濡れないように貸してくれたマントの温もりが本物なのだと信じようと思う。

 おとーさんとあたしを引き離したことを許すつもりはなかった。

 だけど、恨まれるとわかっていて、あたしが投げ出すかもしれないとわかっていて、旅立つ前に真実を教えてくれた誠実さは、嘘じゃなかったと今ならわかる。

 戸惑いがちに差し出される優しさも、不器用に守ってくれようとする勇気も。

 案外臆病で見栄っ張りで、自信たっぷりなんかじゃない本当の姿も。


『……私にも、守りたい者がいる』

『ん、民全体ってことじゃなくて?』

『ああ。幼い頃から私の後をついて回ってきた娘だ。いつもひたむきに頑張っていて、心根の優しい』

『可愛くて仕方ない感じだね』

『笑う顔が愛おしかった。傷つくことも飢えることもないように平和を作り上げて、ずっと幸福の中に置いてやらねばと思っていた。だが、いつのまにかあれは昔のように笑わなくなっていたのだな』

『……クロード』

『お前と出逢って、お前の言葉を幾つも聞いて、初めて気付いた。どうしてもっと心を見つめて、何を想っているのかを聞いて、優しくしてやらなかったのだろうと。どこで、間違えてしまったのだろうと』


 痛みを堪えるように目を閉じた、彫刻みたいに綺麗な横顔。あらゆるものを手にした公爵様。

 けれどこの人は完璧であるために、本当に色んなものを犠牲にしてきてしまったんだろう。


『まだ、間に合うよ。帰ったら今度こそ優しくしてあげなよ』

『……私は、あれが思うような人間ではないというのに?』

『いやいやいや後ろ向きやめようよ、ただでさえ暗い状況なんだからさあ!』

『すまない』

 

 神妙な顔をする彼の肩をべちんと叩きながら、あたしは心の中でもう一度呟いていた。

 間に合うよ、クロード。

 あなたの大事な人は、まだ生きて、同じ世界にいるのだから。

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