だいきらい
結論から言うと、あたしは異世界へ勇者として召喚されたのだった。
……どこから話せばいいだろう。
そもそも、一番最初に出逢った超絶美形様ことクロードの印象は最悪だった。
救世主として突然異世界へ放り込まれたいたいけな少女。
そういう存在を目の前にした大人なら心の支えになってくれるのがセオリーの筈だけど、残念ながら彼はその正反対だった。
こんな平凡な娘に何が出来るんだ、とか。
さっさと元の世界に返して別の勇者を呼べ、とか。
心底嫌そうにあたしを見ては王宮の魔導師たちと話し込み、挙句の果てに王子様にまで直訴する始末。
(ちなみにクロードは王子様の補佐役も務めていて、幼馴染なこともあってわりと気安い関係であるらしい)
そりゃあたしだってさっさと帰りたかった。おとーさんが心配してるに決まってるし。
だけど、それが自分達の事情に巻き込んだ何も非の無い人間に取る態度だろうか。
お世話してくれた女官さんとか護衛の騎士さんとか、あたしを喚んだ当事者じゃない人達でさえ、異世界に一人ぼっちでいる不安を汲み取って気遣ってくれたのに。
ぶち切れたあたしはつい懇々とお説教を行い、あの玲瓏たる美貌をポカンとさせることに成功した。
『ふざけないで、人としての義理も礼儀もなくて何が国を守りたいよ!』
王族に次いで位の高い、ものすごく偉い人なのは周囲に聞いて知っていた。
賢くて力もあって、魔から国を守るための防衛に多大な貢献をしていることも。
だけど。
じゃあだからって、あたしのことは踏みつけにしていいの。
目の前の一人の心さえ見やしない人が、本当に全部を守れるの。
『あなた、優しくない』
告げる声は自分でも驚くほどに冷淡な響きを宿していた。
特別甘やかせなんて言うつもりはない。ただ、あたしを大事なものから引き離しておいて、省みることもない傲慢さが許せなかった。
誰だって、あなたの都合のために生きてるわけじゃない。
あたしの眼に蔑みを見てとったのか、公爵様はその美しい面に初めて狼狽の色を浮かべた。
不敬だと斬られてもおかしくないと思ったけど、不思議なことに彼は怒らず。
その日から徐々に態度が改善されていったので、あたしの中で多少株が上がった。
話してみてわかったんだけど、たぶん誰かの気持ちに配慮するって考えがあんまりなかったんだろうなぁと思う。
彼にとっては善政を敷くだとか、国防だとか外交だとか、そういうのを完璧にこなすっていうことが相手を守ることだったんだろう。
大きな目で見ればまぁそうかもしれないけど、色々ズレてるよね。
でも、魔に侵食されつつある国土を、自分の為ではなくて民の為に憂いてる志は買ってもいい。
少しずつ絆されて、元の世界にちゃんと返して貰えるなら力になってもいいかなって思うようになって。
だけどそのときのあたしは何も知らなかったのだ。
クロードがどうしてせっかく召喚した勇者を一刻も早く元の世界に返そうとしていたのかを。
嫌そうな眼差しは、本当は彼自身に向けられていたのだということを。
『嘘でしょう……? 時間の流れがそんなに違うなんて、』
『間に合うのなら、帰してやりたかった。目覚めてすぐ親を呼ぶような幼い娘より、もっと相応しい勇者がいるだろうと思った。……だが、帰還魔法を組み上げるには時間が、余りにも足りなかった』
あちらでは、とうに百年は経っているだろうと彼は言った。
じゃあおとーさんは。
あたしの大好きなおとーさんは、どうなったの?
きっとあたしのことを心配して探し回ったに違いない。
泣き虫なあのひとは、どれ程泣いたことだろう。
成人式の振り袖姿も、花嫁姿も、お医者さんになったところも、孫の顔も、何にも見せてあげられないまま。
あたし。
一人ぼっちで、おとーさんを死なせてしまった?
『……きらいよ。この世界なんて皆嫌い……!』
どうしてあたしだったの。
どうして、あなたたちの世界なんて救わなきゃならないの。
あたしから何もかもを奪ったくせに!
皮肉なことに、それがあたしの勇者としての力を顕現させる切欠になった。
こんな世界が滅びようが知ったこっちゃない。
だけどそれで苦しんでる人達を見捨てるなら、おとーさんは何のために一人ぼっちで死ななくちゃいけなかったのって思ったから。
一ヵ月後。あたしはどこにぶつけていいのかわからない怒りと絶望とを抱えて、魔の色濃い南へと旅立った。




