完璧な告白
「ねぇ、起きてよ……」
んん……なんだ、起こすなよ……。俺が目を覚ますと腹の当たりに重量感を感じた。つまりは布団の上に誰かが乗っている。可愛らしい女の子の声が聞こえるし、目線を下げると白いパンツのようなものも見える。
……よし、朝は生理現象が男の子でやばいから二度寝しよう。まさか夢にまでみた女の子に起こしてもらえるという出来事にこんな罠があるとは思わなかった。
「ねぇってば……」
俺が二度寝を決意すると、可愛らしい声が俺の耳元で騒ぎ出す。さらには布団に手をかけてきやがった。
や、やめろ……。このままでは俺の柿の種のようなマイサンが周知の事実になってしまう。……いや、羞恥の事実か。ええい! そんなことはどうでもいい! 俺はこれを死守するのだ!
そんな決心をして、布団に包まり芋虫になる。そして一度は言ってみたかった言葉を言う。
「ごめん、後五分……」
これだ! これぞ幼馴染に起こされるときのテンプレ! ……ってあれ?俺に幼馴染なんか……。
「ねぇ、起きてよ! ねぇってば!」
ふと我に返り、布団から顔を出して周囲を確認する。
目の前にあるのは懸賞で当たった萌え萌え目覚まし時計に、呆れた顔をした母。布団の上には白いパンツの抱きまくら。
「って母!?」
慌てて布団から飛び出し、目覚まし時計を止める。やばい、絶対聞かれた。これでは俺の計画が……。
「俺の萌え萌え目覚まし時計の萌え萌えな声によって萌え萌えにされた後、萌え萌えした気分で起こされて萌え萌えしながら顔を洗い、萌え萌えとしたまま朝飯を食べ、萌え萌えな歯ブラシを使って萌え萌えしながら歯を磨き、萌え萌えと言いつつ家を出て、萌え萌えした気分で学校生活を過ごすという萌え萌えな夢の計画が一日で潰れただと!?」
「アンタは本当に馬鹿息子だよ……」
なんということだ。母上が辟易としていらっしゃる。俺の計画に狂いがあったとでもいいたいのか。いや、それはない。俺の計画が失敗することなんてありえないのだ。ん、失敗? そうか……そういや俺は唯一の失敗をしていたな。
「俺の唯一の失敗は幼馴染がいなかったことだけだ!」
「唯一の失敗はアンタが産まれたことだと思ってるよ」
「なんと」
母から強烈な言葉をぶつけられてしまった。これはつまり、俺に女になれと言っているのではないだろうか。俺が性転換したら母は喜んでくれるだろうか。いや、むしろ女になったあと子供を産めば母は喜んでくれるはずだ。幸い、俺の友達には男が多い。俺が女になって適当にそいつらの子供を産めば母は喜んでくれるだろう。よし決めた。
「俺は産むなら女の子がいいな」
「急にアンタは何言ってんだい」
俺の言葉に母は心底驚いたような顔をしている。まさか、母も女の子を望んでいたとは……。これには家族の愛を感じる。母よ、俺はいつでも貴方の息子でありたいと思いますぞ。
……はっ! 俺は重大な事に気づいてしまった。俺が性転換するということは俺のマイサンとはもう離れ離れになってしまうということ。俺の……俺の大事な大事な息子が!
「いやだ! 息子は絶対に死なさねぇ!」
「まずアンタには嫁どころか彼女すらいないよ……」
母はどこかずれているようだ。なぜ俺のマイサンの話をしているのに嫁の話が……そうか! 俺に早く性転換をしろと言外で訴えているのだな! わかった! 母がそれを望むのなら俺はマイサンと別れよう! しかし、手術で俺のマイサンが痛くならないと言いのだが……。あ、想像したら痛くなってきた。
「まるでボディーブローを受けたかのように腹が痛いぜ……」
「アタシは頭が痛くなったよ……いいから下に降りてきな。ご飯できてるよ」
「なんと」
母はやはり立派だ。俺の孫の話をしながらも飯の用意をしてくれるとは……。
「遅いですよ、私の時間が減ってしまったではないですか」
俺が母への感謝の気持ちを抱きながらダイニングへと行くと、開口一番に妹がそう罵ってきた。
どうやら俺が席につくまで食べるのを待ってくれていたようだ。相変わらず礼儀正しい。それに素直だ。きちんと自分の思いを伝えられるとは……。
「俺は嬉しいぞ。妹よ」
「暴言吐かれて嬉しいとかどこの変態ですか。あぁ、私の兄は変態でしたね。家畜だと思っていたので忘れていましたよ。兄は変態な家畜でしたね」
む、妹は少々口がすぎるようだ。俺に娘ができたときには悪影響を及ぼすかもしれん。これは注意せねば。
「だが好きだ」
ええい、この役立たずな口め! シスコンという病気は治せないと俺の親友も言っていた。ならば仕方の無いことなのかもしれん。
「……朝っぱらから妹に告白とか本当に変態ですね。その脳みそはどのようになっているのですか?」
なんと! 妹から告白されてしまったぞ! 貴方の脳みその中身が見たいとか中々の告白方法だ。残念ながら俺の妹への愛は家族愛であって、恋愛ではないので告白を受けることはできない。しかし俺もこれを見習いたいものだ。
「告白とはいいものだな」
「……いいからご飯を食べましょう」
妹が頬を染めながらそう言ってきた。これは一大事だ。もしかしたら熱があるのかもしれん。熱のまま学校へ行かせるなど俺の矜持が許さないぞ。
俺が無言で近づくと妹はビクッと震えた後、目を閉じた。なるほど、熱だという自覚はあったのだな。ならばその決意に応えて一思いに熱を測ってやろう!
「そらっ!」
「んっ」
俺が妹のデコに手をのせる。妹は少し眉を下げている。妹は真面目だからな、学校に行けないというのが不安なのだろう。
「……どうやら熱はないようだな」
「えっ」
俺の検査に不服があるのか妹は聞き返してきた。だが大丈夫だ。平熱よりも多少高めだが、風邪などではないようだ。
「安心して学校へ行くといいぞ、妹」
「……学校に行く前に前世からやり直してきてください、兄」
「なんと」
妹よ、何が不服なのだ。いや、これはまたしても告白に違いない。昨今には前世から愛していましたという斬新な告白方法があると聞く。これはそれの派生なのではないだろうか。前世から愛してくださいとはかなりの告白だ。これも参考にさせていただこう。
「ともかく、さっさとご飯を食べないと遅刻してしまいます」
「む、それはいかん。さぁ、食べようではないか」
「兄が食べさせてくれなかったのです」
「なんと」
食べさせるだと……。食べさせるとはまさかアレではないだろうか。あの、男の子が誰でもやってもらいたいという夢、アーンなのではないだろうか。普通は女性から男性にするもの、しかし妹は女性だ。そして俺は男性だ。はっ! まさか妹は先程の母との会話を聞いていたのか! それで俺が性転換すると知ってこの言葉を!
「すまないが、妹が男にならない限りそれはできない」
「……いただきます」
「いただきます」
俺が断腸の思いでそれを断ると妹は不満そうな顔をしつつ、飯を食べ始めた。妹が食べ始めたので俺も食べるとしようか。
今日のメニューは目玉焼きにウインナー、それとパンだ。見事に洋食だな。コップにはミルクが並々と注げられており、素晴らしきBreakfastという言葉が頭の中に浮かんだ。
「ふむ、目玉焼きの塩加減はばっちし、黄身は綺麗に半熟。ウインナーはプリプリとしていて、肉汁が口の中で弾けおる。さらにはパンにバターが塗ってあり、外はカリカリ中はシトシト。これぞまさにBreakfast」
「黙って食べてください」
「了解した」
俺が母の作った朝食に感謝の念を込めて賛辞を送っていると妹から窘められた。妹は礼儀正しい子だからな。食事中に喋るのは許しがたいことなのだろう。
しかし黙って食べるというだけでは少々味気ない。ふと妹の方を見ると、ステーキをナイフで上手に切り分けて食べている。実に美味しそうに食べる。見ているこちらにまで食べたくなってくるほどにだ。ん? ステーキだと?
「妹よ、なぜにステーキなのだ」
「これが格差社会というものです。兄はまた一つ賢くなれましたね」
「なんと」
朝からステーキとは胃に優しくないのではないかと妹に問うたら格差社会と返ってきた。これが……これが格差社会ということなのか! 自ら胃に優しくない行為をする。まさに身を削る努力! 格差社会とは自分に重荷をしくことで更なる成長を遂げることを言うのだな!
「む、食べ終わってしまった」
熱い思いに身を馳せているとパンが無くなってしまった。ウィンナーと目玉焼きもすでに食べ終わっているのでこれにて俺の食事は終了ということになる。
「私も食べ終わりました」
妹がハンカチで口を拭いながらそう言った。皿にはナイフとフォークが5時の方向を指している。妹は作法も完璧のようだ。兄は感激するぞ。
「お前はいい嫁になる」
「兄はいい変態になれますね」
お世辞と取られてしまったのだろうか。妹にお返しと言わんばかりの世辞をもらってしまった。
前に妹に変態の意味を問いたら普通とは変わっている状態だと教えてくれた。つまりこれは貴方は特別な存在ですよという意味なのだろう。ならばその礼に答えるしかあるまい。
「ありがとう。そして」
今は妹に家族愛しか持っていない。しかし、いつかは恋愛に変わるかもしれない。いつも俺に告白をしてきてくれているんだ。たまにはそれに応えてもいいだろう。
「その脳みそがどうなっているのか確認したいので前世からやり直させてください」
これぞまさに完璧な告白だ。
始めてラブ&コメディーを書きましたが、中々難しいものですね。
読むのは好きなのですし、書きたいことも思い浮かび上がります。ですが、それを形にするのが難しい。
少々コメディーが強くなりすぎた気もしますが、書ききれたのでよかったと思います。