結婚間近の婚約者がオープンマリッジを提案してきました
はぁーー…。
ため息を吐くのはもう何度目だろうか。
豊かな髪を靡かせる若い女性と、女性へ優しく微笑みかける身なりの良い男性が腕を組んで歩いている。仲睦まじい様子の二人は恋人同士なんだと思うだろう。
しかしその男性の婚約者は"私"だ。
目の前の光景は浮気現場以外の何物でもないが、女性へ向かって怒鳴り込んだり、どういうことだと婚約者を責め立てるようなことはしない。ただそっとため息を吐き、嫌なものを見てしまったと目を瞑って別方向へ歩き出した。
私の婚約者であるジェイソンは容姿が整っている。スッと通った鼻筋に男性らしい分厚い唇、整えられた金色の髪、優しい笑みを浮かべる緑色の目。伯爵家の三男で家柄も良く、黙っていても女性を惹きつける。そしてそれを本人も理解していて、寄ってくる女性達を拒まない。私という婚約者がいるのにも関わらず、だ。
更には、言い寄られた女性だけにとどまらず娼館通いまでする始末。とんでもない女好きなのだ。
こんな婚約者なんて無理だと両親へ訴えたが、残念なことに聞き入れてはもらえなかった。
私の家は男爵家であり、ジェイソンの家の方が格上だ。格上の家に娘が嫁ぐなんて名誉なことだと思っているらしい。同じ女性で気持ちをわかってくれると思った母でさえ、「少しくらいの女遊びなら許してあげなさい。心を広くして夫のことを受け入れるのが良い伴侶ですよ。」なんて言うのだ。顔や家柄が良くても、もう信頼関係を築くのは無理だと思うのに、別れたくても別れられずにいるのだ。
さらに悪いことに、両親は私の不満を聞いて関係が破綻したら大変だとでも思ったのか、あっという間に結婚式の日取りまで決めてしまった。
父は、「結婚したら覚悟も決まるさ。きっとお前だけを愛してくれる。」なんて言うが、今これだけ女遊びが激しいのに、結婚したからといって落ち着くとは到底思えない。結婚後も悲しみと怒り、諦めの日々が続くのだと思うと絶望でしかない。結婚までの期間を、両親は幸せまでのカウントダウンだと言うが、私にとっては地獄までのカウントダウンだ。
◇
もう気持ちなんて無いのに、二人の仲を深める名目の定期的なお茶会だけは義務のように行われている。今日もジェイソンは時間に遅れて、いつものごとく知らない匂いを纏わせて現れた。
初めの頃はいちいちショックを受けていたが、そういう人なんだと理解してからはそれほどショックを受けなくなった。
あらあら随分お楽しみでしたね。老舗娼館のお気に入りの子ですか?それとも最近お熱のあの子?なんて聞けるはずもないが。
当然話したいことなんて何も無いので、彼のどうでもいい話に適当に相槌を打っていると、彼はおもむろに姿勢を正した。
「マリアナ、君は理解ある良いパートナーだ。」
「…恐縮でございます。」
理解があるなんてとんでもない、私はあなたに関する全てを諦めただけた。
しかしいつもの軽薄な態度ではなく、私へ何かをきちんと伝えようとする姿勢に動揺する。まるで、大切な話があるかのようだ。突然何を…と不審に思いつつ返事をする。
「私達はいよいよ夫婦になる。だから私は考えたんだ、これからのことを。まず第一に、君とは安定した家庭を築いていきたい。」
思わぬ言葉に目を見開く。安定した家庭を築きたいだなんてまともな言葉が出るなんて。まさか父が言っていたように、結婚後は女遊びをやめてくれるの…?少しだけ見えた希望の光に胸が高鳴る。
「君に求めているのは安心なんだ。私の帰る場所となってほしい。そして、私は私を好いてくれる女性達も大切にしたい。」
「…は…?」
聞き間違い…?結婚後も他の女性に手を出すと公言されたようなものだ。自分の耳を疑うが、ジェイソンは真面目な顔で続ける。
「この世には一生じゃ足りないくらい素敵な女性達がいる。マリアナからは安心を得つつ、他の女性からは刺激を得る。これが私の理想とする未来なんだ。」
「それは…、世間一般的に見て許されることでしょうか?」
許されることではないぞと暗に伝えるが、そんなことは響かない様子だ。
「巷ではこれをオープンマリッジと言うのだそうだ。柔軟で最先端、素晴らしい考え方じゃないか。」
「……。」
呆気に取られて声が出ない。ふざけているわけでも冗談でもなく、本気でこの人はそう思っているんだ。
…なんておめでたい頭をしているの?私の価値観と違いすぎて吐き気すら覚える。ほんの少しでも期待を抱いた自分が本当に馬鹿みたい。
結婚するから今までの女関係を切るだとか、今後はもうそういうことはしないとか、そんな言葉を期待してしまった。夫婦関係は保ったまま外で別の女と仲良くするのを容認しろだなんて、私のことを完全に見下している。
ジェイソンはその緑の目で私を見つめ、困ったような表情を浮かべる。きっと彼の周りの女性達はその表情を見て、言うことを聞いてあげたい、手を差し伸べてあげたいと思うのだろう。
つまり私も、彼の周りの女性達と同等に思われているということだ。こうすればお願いを聞いてくれるよね?と言いたげな視線を向けられていることに耐えられず、視線を逸らす。
「…考えておきますわ。」
分かりましたとは言えなかった。ジェイソンはそれに不満そうに片眉を上げたが、まあいいという顔になった。いつものように私が許すとでも思っているのだろう。許したことなんて一度もないのだが。
これ以上一緒の空間で過ごすことすら吐き気がして、体調が優れないことを理由にお開きとした。ジェイソンはそんな私を心配する素振りさえ見せず帰っていった。ラッキー、時間が空いたから他の女のところに行こうくらいにしか考えていないのだろう。
こんなの、私の基準では婚約破棄案件だ。しかし、心を広く持てと宣った両親は許してくれないだろう。悔しさと屈辱に拳を握りしめ、ギリリと奥歯を鳴らす。涙なんて流さない。あんなやつに私の涙をくれてやるなんて勿体なさすぎる。
自室に帰った私は、青筋を立てながらペンを握った。そして選んだ便箋に今の状況をつらつらと書いていく。
私には昔から文通友達がいる。適当に住所を書いて投函し、該当する住所がなければ手紙は返ってくる。まだ幼い頃に思いついた悪い遊びだが、ある時手紙が返送されてくることはなく、その代わりにきちんと返事が来たのだ。こんな形で誰かと繋がれた驚きと、両親も知らない秘密のお友達ができた高揚感は今でも鮮明に覚えている。
それから私には文通友達ができた。日常のささいなことを書いて送り、相手からもまた日記のような内容の手紙が送られてくる。呼び名がないのは不便だと思い、あなたのことは何て呼んだらいい?と聞くと、『サミーと呼んで』と帰ってきた。それなら私はマリーだわと、お互いにサミー、マリー、と呼んでいる。顔も知らない相手だが、優しい人だということは手紙の内容や丁寧な文字から伝わってくる。
怒りのまま書き上げた手紙を読み返してため息を吐く。
『以前から話していた、どうしようもない女好きの婚約者ともうすぐ結婚いたします。彼は結婚してからも他の女性達と仲良くしたい、君はそれを受け入れろと言いました。あんまりです。しかし私は抗う術がございません。人生とは、こんなに儘ならないものなのですね。』
本当はもっと楽しいことを書きたいのに今の私には無理だった。以前からどうしようもない彼のことをポツリポツリと書いてはいたが、こんなに率直に書いたのは初めてだ。でもサミーならきっと私に同情して励ましてくれると思って、書き上げた短くて重い手紙を投函した。
◇
それからめまぐるしくドレス選びや細々とした決めごとを確認していき、あっという間に結婚式前日になってしまった。
ソワソワする両親とは違い、私は何度もため息を吐いている。結婚後も悩まされるであろうジェイソンの女性関係についてはもうほとんど覚悟ができている。それよりも憂鬱なのは明日の夜のことだった。女好きのジェイソンだが、私は一応貴族令嬢であり体裁のために手は出されなかった。しかし明日の夜にも他の女性にそうしたように私に触れるのだろうと思うと、さすがに寒気がする。
本当に具合が悪くなりそうでハーブティーを飲んで温まっていると、侍女から手紙を受け取った。それはサミーからの手紙で、返事が来たことにホッとする。私があの手紙を出してから返事が来なかったから、つまらない私の身の上話をして困らせてしまったと思っていた。
シンプルな封筒にはうちの住所と『マリーへ』とだけ書いてある。何を書いてくれたのかしらと手紙を開けた。
『愛するマリーへ
迎えに行く。待っていて。
サミーより』
今までにないシンプルで短い文章に首を傾げる。
私に会いに来て直接話を聞いてくれるのだろうか。優しいサミーは私を不憫に思ってそう書いてくれたのだと思うけど、本当に会えたら素敵なことだわ。直接会っていないだけでサミーは私の一番の理解者であり、私もサミーのことを理解していると思うから。
スモーキーな香りが焚きしめられた手紙を胸にギュッと当てる。結婚してつらいことがあっても、サミーに息抜きに付き合ってもらってなんとかやっていこう。まずは明日の結婚式ね…と、心を固めた。
◇
純白のドレスに身を包み、いつもより華やかなメイクが施される。私の気持ちは地の底につくほど沈んでいるのに、桃色のチークが幸せな花嫁を演出している。
ベールダウンをしてくれた母は、いよいよねと涙ぐんでいるが、娘がとんでもない男の元へ嫁ごうとしているのを忘れているのだろうか。
…ダメダメ、余計なことを考えてはいけないわ。今日私は何も考えず、ただ決まったことをこなせばいい。黙っていても勝手に式は進んでいくのだから。
そう思っていると、花嫁の控室だというのにジェイソンの家の侍女がパタパタと入ってきた。母もさすがに眉をひそめたが、言いづらそうに告げられた言葉に「え!」と声を上げた。
なんとジェイソンは遅刻していると言うのだ。母は、流石に物申したい、でも相手は格上の家…と悩んでいるようだ。私はただ苦笑する。いつもお茶会には遅刻してきたが、大切な日にまで遅れるとは思っていなかった。…いや、きっとジェイソンにとっては大切な日ですらないのだろう。
そして侍女は、言いづらそうに続ける。
「皆様お待ちですので、どうか花嫁様だけでも先にチャペルに…。」
なんてこと!と口をひらこうとする母を、手をかざして止める。
「いいわ。先にチャペルに行って待ちましょう。」
「ええ?でも、順番が…。」
本来なら新郎が先に入場し、その後に新婦が入場する。しかし相手の親族はすでに待っているのだから、誰もいないチャペルを見つめるよりマシでしょうと母を言いくるめた。
チャペルの扉が開けられると、中にはもう多くの人が待っている。予定ならとっくに入場している時間なのだから当然だ。バージンロードの先には神父だけが立っていて、本来なら先にいるはずの伴侶がいないことに抑えていた怒りが溢れ出す。
とんでもない男の元へ嫁がせようとしているのだぞ、と父へ目で訴えてエスコートを振り解く。新郎側のゲストを見ながら、あなたのところの三男は自分の結婚式にすら遅刻するような男ですよと、当てつけのように一人でバージンロードを歩く。当然チャペル内はザワつく。
ベールを着けていると思っていたより視界が悪いが、怒りのままドレスを抱えてずんずん突き進み、予め指示された新婦の立ち位置で止まった。
どんなに時間が経っても、ここであいつを待ってやる。両親も、息子を止めなかった伯爵夫妻もその関係者も、私の姿を見て心を痛めるといいんだわ。
これから何時間でも待つ覚悟で仁王立ちしていると、近くでクスッと笑う声が聞こえた。
その声の主はそばに控える神父のものだ。この人は仕事をしに来ているだけなのに、こんなことに巻き込んで申し訳ない。頭のおかしい花嫁だと思われたかしらと視線を向けると、その人が微笑んでいるのがベール越しに見えた。
「想像していたよりずっと芯が強いのだね、マリー。」
「え…。」
そう呼ばれて目を見開く。私をそう呼ぶのは大切な文通友達のあの人だけなのに。ふと、目の前のその人の動きに合わせてスモーキーな香りがふわりと広がった。あなたはまさか…。
「…サミー?」
そう呼ぶと、その人は嬉しそうに微笑んだ。私にはその目が、大丈夫だよと言っているように見える。そしてサミーはチャペル内の人々へ向かって口を開いた。
「ここには美しい花嫁がいらっしゃるのに、その相手は現れないようですね。それならば、私が貰い受けようと思います。」
その言葉にチャペル全体が固まる。サミーは新郎の立ち位置について私の手を取った。
そこでやっと我に返った私の両親や、ジェイソンの親族が声を上げる。
「何を言っている!」
「いち神父如きが何を…!」
非難の声を物ともせず、サミーはそちらへ穏やかな顔を向ける。
「おや、これは申し遅れました。私はサミュエルと申します。枢機卿を務めている者です。」
「!!」
枢機卿とは、聖職者のトップである教皇に継ぐ立場にある人だ。この国では貴族と聖職者はほぼ同等の力を持つが、枢機卿となると伯爵家でも及ばない。
身分を明かしたサミー…、サミュエル様は私の両親へ顔を向けた。
「あなた方は身分の良い家に娘を嫁がせたい一心で、本人の意思を無視してまで結婚を決めましたね。それならば、相手が私でも何も問題は無いはずですが。」
「それは!…そう、か…?いや…。」
父も母も簡単に口籠る。本当に身分の高いところへ嫁がせたかっただけなのだ。問題は、とんでもない婚約者という事実を見なかったことにして、さらに私の意思を無視したことだ。
サミュエル様は、今度はジェイソンの親族に目を向けた。
「あなた方は、問題の多い息子に手を焼いていましたね。結婚を機に奔放さを改めるだろうとお思いでしょう。しかし残念なことに、妻を迎えた後も他の女性達と遊ぶのを容認しろと婚約者に迫ったそうですよ。」
「なっ…!」
親族達は口元に手を当てて青褪める。どう考えてもあの人がまともになるわけなんてないのに、子を可愛がる親心がそうするのか、女遊びをやめると思っていたらしい。そしてジェイソンが私に話したオープンマリッジのことは知らなかったようだ。それを聞いて青褪めるのだから、親族まで価値観が歪んではいなかったことに少し安心した。
「今までご苦労も多かったことでしょう。しかし安心してください。煩悩に悩める者を受け入れ、更生させる施設がございます。私からご紹介させていただきます。」
「なんと…。」
その話を聞いて、親族達は希望を見出したかのような目を向けた。優しく穏やかに、全ての者に救いの手を差し伸べるような姿はとても神々しい。
「ではマリー。…いいえ、マリアナ。」
名前を呼ばれて心臓が跳ねる。ドキドキする胸を抑えながらサミュエル様を見ると、青い瞳が優しく私を見つめている。当たり前のことだけど、婚約者のジェイソンにだってこんな顔を向けられたことはない。頬を赤くした私を見て、サミュエル様は形の良い唇を開いた。
「私はあなたを妻とし、この生涯をかけて愛することをここに誓います。…あなたは、私を愛し夫にすると誓いますか?」
「…はい、誓います。」
迷いなんて無かった。私達はここで初めて会ったが、何年も前からお互いを知っていた。私の大切なサミーが男の人だとは思わなかったけど、こうして出会えたのだから、運命なのではないかと思ってしまう。
私の返事を聞いたサミュエル様はその白い手でそっと私のベールを上げた。私達を遮るものがなくなって、互いの視線が交差する。
しかしそこへ、乱入してくる者がいた。
「どういうことだ!!」
チャペルの入り口に立ち、大声をあげてこちらを睨みつけているのはジェイソンだ。
結婚式に遅れて来てみれば、自分と結婚するはずの婚約者が、証人となるはずの神父と愛を誓っているのだ。混乱するのは当然のことだ。
しかしもう私の気持ちも、両家の気持ちも決まっている。ジェイソンの父が興奮する息子を宥めようと近づいたが、その手を振り払った。
「お前、こんなことをして良いと思っているのか!?そんなポッと出のやつとどうにかなろうなんて!」
ムッとした私の代わりにサミュエル様が答える。
「ポッと出とは…。私達は知り合ってもう10年になります。手紙のやり取りを通してお互いへの理解と絆を深めてきました。」
私達の間にそんな関係があったなんて知らないジェイソンは言葉に詰まったが、唇を震わせながら声を上げた。
「それは…!マリアナ、お前はずっと浮気をしていたということか!」
…は?
チャペル内がしんとする。誰が、どの口で、何を言っているのか。ジェイソンがしてきたことはみんなが知っている。自分を棚に上げて私を浮気者だと非難するなんて。それとも、自分は良くてもパートナーが他に目移りすることが許せないということだろうか。…本当に、この人は。
周りの状況に気がついていないのか、怒りを浮かべた顔でこちらに近づいて来ようとする。ハッとした男性陣がジェイソンに駆け寄ってその身体を抑えた。ジェイソンが暴力を振るったりして、どちらの家にとっても良い話が無くなってしまうのは何としても避けたいのだろう。
私は、憤るジェイソンへ静かに問いかける。
「ジェイソン。あなた、私が好きな花はご存知?」
ジェイソンは暴れながら、何を言っているんだと言いたげな視線をわたしへ向ける。
「私のお気に入りの本は?いつも寝る前に飲むハーブティーの種類は?」
「何の話だ!そんなことは、今はどうでも良いだろう!」
今"は"どうでも良いんじゃなくて、今もこれからもどうでも良いのでしょう?そしてあなたは質問の答えを知らないし、これからも知る気はないのでしょう。
「好きな花は『ラベンダー』、香り袋を大切に持っている。お気に入りの本は『群青の景色』、歌手を目指す少年少女の青春はとても爽やかで眩しい作品でしたね。寝る前に飲むのは『リンデンティー』、それに少し蜂蜜を垂らすとより深く眠れる。…合っているかな?」
「ええ。全てその通りですわ。」
嬉しくて思わず笑みが浮かぶ。全てにスラスラと答え、更に情報を付け加えられるなんて私のことをとても良く分かってくれている。私にはこの人しかいないとはっきり分かった。
私はジェイソンへ冷たい目を向ける。ジェイソンは、従順だと思っている私がそんな目を向けることに少し動揺した。
「あなたが私を蔑ろにしたことは一度たりとも許しておりません。私は、私を大切にしてくれるサミュエル様に愛を誓いました。あなたは、あなたを理解できる人と幸せになってくださいませ。」
そんな人がいるとは思えないけれど。そもそも、サミュエル様がご紹介される更生施設への入所がほぼ決定しているので、彼に女性と遊ぶ自由はもう訪れないだろう。
それを知らない元婚約者は、顔を真っ赤にして「こっちこそお前のような女は願い下げだ!」と言い放った。そして、何か大声で喚きながら身体を抑える男性陣に連れられて行く。
みんなが元婚約者に注目する中、その喚く声に隠れるように隣で呟かれた言葉にひやりとする。
「…あの男は許さない。必ず報いを受けさせる。」
その声は先ほどまでの穏やかで優しいものではなく、冷たく暗い響きをしていた。
静かになったチャペルで、ほっと一息つく。
あんなとんでもない人ともう関わらなくて良いのだ。私を悩ませ、怒らせ、悲しませたものはもういない。自分でも気付かないうちにとても気を張っていたのだろう、嬉しさと安心で身体の力が抜けてしまった。
「おっと…。」
崩れ落ちそうになる私をサミュエル様が支えてくれた。お礼を言おうとすると、そのまま抱え込まれお姫様抱っこの体勢になった。
「さ、サミュエル様…!」
「大丈夫、絶対に落としません。」
怖くて声を上げたのではない、驚きと恥ずかしさで声を上げたのだ。ゆとりのある服の下に隠れて見えないが、私を抱える腕はしっかりしていて男性らしさを感じさせる。そして顔がグッと近付いたことで頬に熱が集まる。サミュエル様の端正な顔立ちを至近距離で見ることになってしまい、その青い瞳に微笑みかけられるとくらくらする。
「マリー。」
名前を呼ばれて心臓が跳ねる。サミュエル様が甘い瞳で私を見ている。
「会えて本当に嬉しい。こらからは私が一生では足りないくらいの幸せを君に捧げるよ。…愛してる。」
ステンドグラスから差し込む淡い光に祝福されて、ふわりと甘い誓いのキスを交わした。




