2 拡大と最適化
ロディは告げた。
竜の咆哮はクランへの発展を、今後の基本方針とする。
「この街にはないの、クラン?」
「ないんだよ」
セレンとしては少し意外だったらしい。
「だったらけっこうギルドと揉めるんじゃない?」
「準備はしてあったからな。そもそもなんで、こんな拠点を借りたと思ってるんだ」
一つのパーティーが使うには、かなり大きめの屋敷。
そう、ずっと準備はしていて、あとは決断のタイミングだったのだ。
探索をする冒険者に対しては、通常はギルドが存在する。
ギルドは冒険者と依頼者の橋渡しであるし、同時に管理組織でもある。
基本的には冒険者の代理人という性格が強いはずなのだが、依頼相手が貴族であったりすると、力関係は逆転する。
「ギルドは結局、貴族側で動く」
ギルドなどには頼れないと、パーティーが巨大化したり、複数のパーティーが一体化して発生するのがクランである。
ラーズは面倒そうに息を吐く。
「そんなことをする必要あるか? そもそも今日の話の内容は違うことだったろう」
そこでクリスの方をちらりと見るのだが、必要も関係もあるのだ。
「実は少し前から、迷宮都市以外の場所の物価、特に魔物素材の値段をクリスに調べてもらっていた」
そういう調査が得意なのが、まさにクリスである。
「ギルドの買取価格は変わっていないのに、周辺都市では特に魔物素材が高騰しつつある」
「……つまり、ボラれているってことか?」
ギルドも利益を出す必要はあるが、価格が上がっているなら買取価格も上がっていなければおかしい。
「ふざけやがって」
「そんなギルドに対抗するためには、クランを作る必要がある」
「……なるほど」
これは誰にも分かりやすい話だった。
竜の咆哮は最強のパーティーであるが、ギルドを敵に回すほど無茶ではない。
なぜギルドが強いかというと、それは体制側であり、冒険者にとっての基盤であり、抱えている人数が多いからだ。
しかし冒険者がいなければ、立ち行かないのも確か。
人数がいればいいというわけではなく、最奥に潜れる手練れは必ず必要となる。
ここに至るまで、ロディは色々と考えたのだ。
そのために、まずは説得が必要だった。
竜の咆哮のメンバーは、それぞれがランクで評価されている。
主に戦闘力が基準であるので、誤解されることも多い。
むしろギルド側は、その誤解を利用している気配すらある。
その中で街でも10人ほどしかいないSランク。
竜の咆哮では四人がそれに該当する。
ラーズと同郷であり、騎士の家の三男であったラッド。
彼はラーズと共にSランクであり、パーティーの中では主に盾役を担っていた。
主にラーズと意見を共にするが、同時に彼の無鉄砲さも経験している。
そんな彼を最初に、ロディは説得した。
正確に言えば説明であった。
「守る人間が二人になると困る」
戦闘における難度で、彼はロディに説明した。
「エーリヒとクラーラはまだ、自分でも防御魔法が使えるけどな」
セレンは戦闘に偏った魔法使いではなく、それを守る必要があるわけだ。
「これまでの戦闘なら周囲を囲まれた場合、クリスを守ってきたが」
「二人同時は守れない、か」
「難しいのは分かるだろ?」
それは分かるが、なんならロディも守る側になればいいだけの話だ。
ラッドの理由は分かっている。
「難しいな」
「分かってくれるか?」
「そうなんだけど、ギルドに提出している報告書がな」
「報告書?」
「ほら、俺たちは最深層まで潜ってるだろ? だからギルドに報告書を提出して、それに金が出ていて色々優先してもらってるから」
「え、お前が出来ないのか?」
「クリスは『記憶力強化』の加護持ってるから、俺でも出来ない」
「すると……どういう影響があるんだ?」
「どうって……前に説明したはずだけど……」
改めて聞かされて、絶句するラッドであった。
ロディはラッドの事情を、ラーズから聞いて知っている。
貧乏騎士の家の三男であるラッドは、現在も実家に仕送りをしている。
そのためパーティーの収入が減るのは、容認できるものではなかった。
クリスが抜ければ、分け前が増えるはず。
そういう打算もあると、ロディは理解していた。
確認が取れれば、それを指摘してやればいいだけ。
守る対象が増えようと、実際には立ち回り方による。
本音の部分を突いてやれば、彼の判断は変わる。
(貧乏は辛いからな)
伯爵家生まれであるが、ロディも騎士としての活動では、空腹との戦いはあった。
ランクというのは基本的に、戦闘力とギルドへの貢献度の二つで決まる。
ロディ、ラーズ、ラッドの三人と同じく、竜の咆哮のSランク。
それが魔法使いのエーリヒである。
「クリスを外す理由は、力不足だからだ。おかしくはないだろう」
貴族ではなく大商人の家に生まれた彼は、やはり跡継ぎではなかった。
しかしその頭脳、魔力、才能に傲慢さ。
魔法使いとして学院に入学し、傑出した能力を示した。
だが彼もまた、道の先に壁があった。
(魔法使いに限らず、既得権益はあるしな)
それに研究分野に偏っている。
基礎研究を重視するということで、それはそれで間違いではない。
だが排他的であり、エーリヒのような後ろ盾の弱い魔法使いが、どこかの門下で成功することは難しい。
そんな彼だからこそ、実力を活かす場所を求めた。
エーリヒの傲慢さと権力に対する憎しみは許容範囲。
「クリスの役目は承知しているが、それはそれとして迷宮攻略を優先するべきだ」
足手まとい、というのが戦闘力であるのなら、それは間違いではない。
「しかしクリスが宿営で使っている道具とか、あとはお前に回してもらっている魔術触媒は、条件付きで優先してもらってるんだぞ」
「条件?」
「お前が加わった時から、ずっとやってきたから知らないだろうが、魔術触媒は普通には手に入らないものを回してもらってる」
「どういうことだ?」
「高度な魔法を使うために消費している触媒だけど、金では手に入らないものが多いんだ」
冒険者ギルドや魔術師ギルド、また薬師ギルドなど。
「そういったところからの提供は、金ではなく他の価値と交換になっている」
触媒なしで使える高度な魔法は、ほとんどない。
「お前が使っている魔法の報告書は、『計算』を持っているクリスだから作れていたものだからな」
エーリヒは沈黙した。
現場での物語的な魔法使いとしての活躍。
それに必要なものを、揃える段階からの難しさ。
(エーリヒは悪い奴じゃないが名誉欲が強い)
その承認欲求を満たすための迷宮の攻略。
そしてそのためには、高度な魔法を使ってもらう。
「確かに貴重な触媒が多いか……」
分からないほど愚かなエーリヒではない。
そういう貴重なものは、普通は知られた魔法使いに、実験のためのものとして優先されてしまう。
「他の手段も、考えてはみるけどな」
ここで答えをあえて、求めることはないロディであった。
純粋な戦闘力では、主力の四人に劣る。
だが彼女が加入してから、明らかに迷宮の攻略は早くなった。
Aランクの女神官クラーラ。
彼女のクリスに対する感情は、憐れみと言ってもいいだろうか。
「彼女の実力で最前線に立つというのは、危険すぎます」
このような主張である。
神に仕える神官である彼女は、聖女とも言われている。
その役目の一つとして、迷宮の攻略や魔境の探索をする、冒険者などに協力するという活動があるのだ。
「君も危険だろう」
「私にとっては使命であり、役目でもあります」
聖職者は合理ではなく、信仰で動く。
(哀れだな)
ロディはそうも思うが、信仰の中にいる間は幸福なのだろう。
実利のラッド、承認欲求のエーリヒ、そして冒険心のラーズ。
これらはまだいいのだが、クラーラの場合は明確に違う。
見た目はいいので勘違いする人間もいるが、この世界の神々を信仰する聖女。
(愚かで哀れで、けれど同時に幸福なことか)
自分はそうなりたくないが。
彼女の説得をするというのは、実はとても難しいものだ。
なぜなら彼女の行動原理は、一般的な基準にはないからだ。
神殿勢力という宗教。
幼少期からそこで育てられ、神に奉仕することを当然と考える。
洗脳に近いとすら思えるが、彼女はそれで破綻していない。
(目に見えず、語ることなく、触れることさえない、システムの一部なのにな)
真なる想像神が、眠りについてどれだけの時間が経過したのか。
禁書を解読する中で、ロディはそれを知ってしまったが、余人に語ることはない。
合理や道理では、クラーラは納得しない。
しかし彼女には、優先順位というものがある。
「クラーラ、君は神の僕として、役割を果たしている」
「それが私に与えられた使命です」
「そして君はクリスを外せと言うが、彼女にもまた使命がある」
実際のところは、仕事の分担なのだが。
「魔物を狩り、魔族を絶滅させることは、人類の使命じゃないのか?」
この指摘には、クラーラも考え込んだ。
理屈の上ではそうなる。
だがパーティーの他のメンバーは、それでもクラーラの当初の意見を支持するだろう。
迷宮に挑むというのは、より神殿の教えに近いところがある。
本来ならクラーラほどの力があれば、貴族などを相手に治癒を行い、神殿へ貢献する。
しかし彼女は純粋すぎるがゆえに原理を重視する。
そのため使う奇跡の力も、より強大になるところはあるのだが。
「確かにそうですね」
純粋にクリスの身を案じていたクラーラ。
だが神の教えの前には、そんなものは二の次になる。
狂信と言うべきか妄信と言うべきか。
(前世と似たようなものか)
それでも宗教勢力は、敵に回すべきではない。
ラーズ以外の三人は説得に成功した。
そしてラーズには、英雄になるための物語を語る。
必要なのはクランだと。
その運営のためには、クリスは必要である。
だが前線から離すというのは、ある程度ロディも賛成なのだ。
クランを作る。
だがそれでは終わらず、さらにその先がある。
人を率いていくには、明確なビジョンが存在する。
迷宮をいよいよ、攻略せんとしている竜の咆哮。
次に何を目指すのか、それも目星がついているロディであった。




