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3

 

 次の日、アルノはリシェルたちの家を再び訪ねた。そのときにはすでにカレルとチエムは村の雑用を引き受けるために出かけていた。収穫準備でなにかと忙しくなってくる時分だ。


 そのほかの者たちにはひと騒動あった。

 朝から具合が悪くて寝ているように言われたメイニがスライムを寝床に連れてきていっしょに寝るのだと頑張り、おしゃまなエニーはそれを止めようとしててんやわんやだった。


「庭に戻してらっしゃい」

「いやよう、いっちょにねるの! チュライムがいたらちゅぐによくなるのよう」

 腰に手をやって仁王立ちするエニーと、ひしと胸にスライムを抱いて訴えるメイニ、両者一歩も譲らぬ姿勢だ。


「で、でも、メイニ、スライムは地面を這うから汚いよ」

 ふたりを見比べておろおろするティコが恐る恐る意見を述べる。

「じゃあ、あらうのよう!」

 ティコの脳裏に水を張った桶にぷかぷか浮かぶスライム、という光景がよぎる。

「洗う必要もないわよ。メイニが着ている服で拭われてきれいになったわ」

 仕方がないとばかりに大きくため息をついて見せたエニーに、メイニがぱっと顔を輝かせる。


「これ以上頑張られて悪化されても困るしね。メイニ、着替えてベッドに入りなさい」

「チュライムもいっちょ?」

 期待のこもった上目遣いでメイニはエニーを見つめる。

「いいわよ」

 エニーが肩の力を抜き、目元を和らげる。

「チュライム、いっちょ! やったあ!」

 メイニーは両手で高々とスライムを掲げた。窓から差し込む朝日を受け、スライムが呼応するかのように、そのなめらかな体表を光らせた。


 ベッドにもぐりこんだメイニの看病をエニーがし、その指示によってティコが洗面器に水を汲んだり、飲み水を用意したりしているのだ。

 五歳の少年にしてはてきぱきと働く。なんでもやらねばならない状況は、幼さを理由に免除することを許さない。


 さて、そんなわけで、朝に訪ねてきたアルノに応対したとき、リシェルはひとりきりだった。

「リシェルはもしかして、学院で使役術を学んだのか?」

 扉を開けて応対するリシェルに、挨拶もそこそこにアルノは尋ねた。


 使役術とは魔力を魔物へ干渉させ、使用者の意図通りに動くよう働きかけるものだ。

 魔物は大きな特徴として魔核を保有する生物だ。

 スライムはこの魔核が非常に小さく、脆いため、魔道具に用いることが難しいとされ、乱獲されずにあちこちで見られた。


「はい」

「それで、スライムの使役を?」

 答えるリシェルの暗い表情に気づくも、アルノの心はスライムのことで大半が占められていた。

 今度は声なく頷くのみのリシェルに、アルノはずいと一歩前へ出る。

 ここにはカレルもチエムも、エニーもいなかった。止める者は不在だった。


「村に戻ってきた後もスライムの研究をしているそうだな」

「メイニに聞いたんですか?」

「そうだ。記録しているノートがたくさんあると言っていた。もしよければ、それを見せてくれないだろうか」

 アルノを見つめる落ち着いたセージグリーンの瞳には、戸惑いが揺らめいた。けれど、アルノの青い瞳にはスターサファイアのような輝きがある。それは、純粋な学術的関心によるものだと思えた。

 だから、ためらいがちに、アルノを家の中へ招じ入れた。


 子供たちのほかはほとんど誰も足を踏み入れることのない場所だ。とたんに、割れた窓ガラスの補修に板を張り付けてあることや、カーテン破れのいびつな縫い目などが気になった。こまめに掃除をして洗濯をしているものの、くたびれ具合は明らかだ。


 年長組のカレルとチエムでひと部屋、年少組のエニーとティコ、メイニでひと部屋使っている。リシェルはひとりで小さいながらも小部屋を使っている。その部屋には細いベッドと小さな机と椅子の他、棚がある。その棚にぎっしりとノートや本が詰まっている。そこから一冊抜き取って、アルノに渡した。


 アルノは若い女性の個室に招じ入れられ、さすがにそわそわと落ち着かなげであったものの、渡されたノートを開くとすぐに夢中になった。

「スライムは振動で外界を感知する?」

「はい。メイニが手を触れて言い聞かせると、よく伝わるんです」

 はじめは、使役したスライムをメイニの子守にしたのだという。

「スライムクッションのような感じか」

「そう言えば、アルノさん、崖からスライムの上に落ちたそうですね」

「ああ。あれも、君が使役術をかけたスライムなんだろう?」


 楕円形の動きが鈍い一見無害そうなスライムは、やはり魔物だ。人間が自ら背に乗るのであれば、嬉々として糧にしようとする。

「スライムが魔物の中でも最下層に位置づけられるのは、その動きの鈍さが大いなる要因だ」

 だから、体に密着する生物があれば、これ幸いと餌にする。なのに、そうしなかったということは、人間を食料とみなさないように命じられているからではないかとアルノは考えた。それで、カレルにスライムを使役しているのかと聞いた。カレルはリシェルの名前を出さずにそうだと答えた。とても頭がいい子供だ。警戒心が強いのも、置かれた環境によるものだろう。


「わたしが村に戻ったとき、両親がいないからというのももちろんあったのですが、放っておけなかったんです」

 老聖職者が亡くなり、子供たちは寄る辺ない立場を強いられた。年長者が十歳にも満たない幼い者ばかりだった。

「とにかく、子供たちの不安を解消しようと思いました。メイニは今ではすっかり丈夫になったのですが、わたしが村に戻ったときは病気がちで」

 しょっちゅう熱を出していたのだという。


「心が不安定だと、健康にも支障をきたすからな」

 アルノの言葉にリシェルは頷いた。

「はい。わたしもそんな風に考えました。それで、スライムを使役してみせて、遊び相手にしようとしたんです」

 そうしたら、すっかりメイニに寄り添いあやすようになったのだという。あるいは、抱き枕にも。

「あのぽってりした楕円形のフォルムと艶やかさ、そして動きが鈍いのがよかったんだろうな」

 子供がおもちゃにしそうな形態、仕草である。すばしっこいと捕まえられない。


「ええ。すっかり気に入ってくれて。魔物だというのに、すぐに仲良くなりました」

 ほかの子供たちもスライムを受け入れたが、最年少のメイニが最も好んだのは、最も幼いから魔物への恐怖や忌避感が薄かったせいだろう。

「その、信じてもらえないかもしれませんが、スライムの方でも、メイニがぐずって泣いたら、ゆらゆら揺れて、なんだかあやしているかのようだったんです」

「なるほど。くっついたまま泣かれたら、振動を強く感じるだろうな」

「そうなんです」

 そういういきさつがあってのノートの記述かと得心がいくアルノが、疑いを持たないことに、リシェルは安堵する。


「スライムには目も鼻も耳もない、か」

 つぶやくアルノの脳裏につるりとしたスライムの姿が浮かぶ。

「地面から以外にも、空気の振動を読み取っているのではないかと思います」

「それに、相当知能が高いな。使役術を行使するリシェル以外にも、メイニの言うことを聞くというのだから」

 昨日、メイニ本人からあれこれ聞いた事柄を思い出す。


「はい。彼らには感情があると思います。少なくとも、慣れ親しんだ者の意思に沿おうという思考をする、というか」

「そうか。ただ、それらはすべて考察だな。実験データは数値が必要だ」

「あ、それでしたら、こちらのノートに」

 言いながら、リシェルは棚から別のノートを取り出した。受け取って開くと、日付や天候、時刻といった条件が詳細に記されていることに、アルノは感心する。生命は環境に影響を受ける。だから、こういった事柄を軽視すべきではない。


「これは、使役術を行使するときの魔力とスライムの行動との記録か」

「はい」

「それに、スライムが薬効と同時に毒性をも持つ草を食べたときの記述だ」

 動きが非常に遅くなった。魔力と食料をやったら砂が水を吸い込むように、通常よりも大量に摂取したという。


「興味深いな。毒性を消すために魔力と食料を要したということかな?」

「いえ、たぶん、違うと思います。それは―――」

「それは?」

「ええと、荒唐無稽というか、思い付きにすぎなくて」

「どんなものなんだ?」

「なんとお話すればいいか、その、考えがきちんとまとまったらお伝えしますね」


 アルノはノートを引っ張り出しては記述されたことにさまざまに質問する。答えるうちに、次第にリシェルの声も熱を帯びてくる。

 アルノはリシェルの優秀さを目の当たりにした。

「君は実に優秀な研究者だ」

「そ、そんなことは、」

「少なくとも俺はそう思う。学院でも優等生だっただろう」

 リシェルの雰囲気がとたんに硬くなる。それまでの熱が霧散し、冷たい殻に閉じこもる。

「使役術が使える人は魔法使いの次に有望視されます。でも、スライムでは、」

 リシェルはぱたんとノートを閉じ、棚に適当に突っ込んだ。


 魔力という限られた者のみ扱うことができるエネルギーを有効活用しようと魔力学は昔から盛んだ。

「わたしは、村の人たちから支援金を受けて学院に入学したんです。だから、必死になって勉強しました。学院にはいろんなところから学生が集まってきていました。優秀な人もたくさんいた。そんな中、入学当初は優等生だったんです」

 そう、入学当初は。


「魔法使いの特質検査には通らなかったけれど、何とか使役者の検査には受かったんです。うれしかった。これで、村の人たちが喜んでくれるって思った。使役術を磨いて、村に恩を返そうと思った」

 なのに、使役できたのは魔物でも最弱と言われるスライムだ。なんの役にも立たないものだとみなされている。


「だが、なにかの役に立たないかといろいろ調べてみたんだろう? 些末なことだと予断を入れず、特性を調べて詳細に記録する。それは研究者として重要な資質だ」

 その記述は素晴らしいものだとアルノは感心する。だから単純に褒めたのだが、やわらかいセージグリーンの瞳からぽろぽろとしずくがこぼれた。

 泣き出したリシェルに、アルノは大いに慌てた。大学で学んだどんな知識も、泣いている女性を慰めるのには役に立たなかった。




「これから、すらいむざだんかいをやります」

「ざだんかいってなにー?」

「みんなであつまって」

「みんな、こっちきてー」

「「「「はーい(じりじりじり)」」」」

「まるくならんで」

「「「「はーい(じりじりじり)」」」」

「うえからすながふってきます」

「「「「きゃー」」」」

「まんべんなくつけるためにころがります」

「「「「たのしーい(ころんころん)」」」」

「はい、わらびもちのかんせいでーす」

「「「「わーい」」」」

「あ、じゅんばんまちがえた。ざだんかいなのでさいごにまるくならびます!」

「「「「はーい(じりじりじり)」」」」



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