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スライム・クラフトには、光魔法によるエネルギーを与えることが重要だ。
これは同じ光魔法を扱うエルミラよりも、リシェルに一日の長がある。リシェルはそれをより確実なものにしようとして励んだ。
だから、アルノのその仮説を聞いた時、危機感に似た感情を覚えた。
「光魔法だけではなく、風魔法や水魔法、土魔法を得意とする者も魔力充填を試してみよう」
「植物は空気(※正確には二酸化炭素)も水も土も必要としているからですね?」
アルノの言葉にレファートがすぐに察する。
「ああ、そうだ。スライムの体内に土があったのは、土の中の栄養素を植物が必要としたからかもしれない」
「逆に言えば、それらが必要となるので、光魔法の使い手ひとりではなく、多様な魔力によって、スライム・クラフトは一層活発になるということかもしれないな」
学者たちは不思議に思ったことを、そのままにしておかず、様々に仮説を立てる。そうして、実験をし、新たな発見を得る。
今まさにそういったことが繰り広げられていた。
「ただ光魔法を与えればいいのではない。植物には明期と暗期が必要だ。問題は、どの期間が最適かということだ。まずはこれを調べよう」
「はい」
リシェルはノートと筆記具を準備した。
「葉に向けて光魔法を放てるか? 葉が日長を感じ、そこから花芽を形成するための信号が送られるんだ」
顕微鏡をのぞいているわけではなし、スライムの体内のどの部位に葉があるかわからない。けれど、見えない手を使ってクラフトするイメージで光魔法を操る。
そうしながらも、知識の差に驚かずにはいられない。
知らなければやみくもに試すほかない。正解にたどりつけるかどうか運任せである。だが、アルノはその知見によって正解の近しい辺りから試すことによって、大幅な時間短縮と手間を省くことができる。
これがどれだけすごいことか。学院卒業後、こつこつとスライムの実験ノートをつけてきたリシェルならばこそ、実感する。
レファートが手配した風、土、各種魔法の使い手がやってきた。
「水魔法を使える人はいなかったんですか?
「レファートが扱えるから、大丈夫だ」
アルノは平然と答え、リシェルは複数才能を持つ者に、もはや嫉妬すら起きなかった。
「スライムも人も増えたなあ」
「研究施設はともかく、こんなに大きい家が必要なのかって思っていたんだけれど、入用だったわ」
「魔農具を貸してくれたのも、こうなることを見越して食料確保のためだったのかしらね」
そんな風に話す子供たちもまた、スライムの扱いを一手に担い、研究に寄与した。
通常の水や栄養を与える場合と、各魔法によって与えられた場合とを記録をつける。
光魔法を与えず、摂取を日光浴で補うことに変えても実験した。
スライムの体が空色であるのは、植物の葉が緑色であるのと同じ理由だ。植物は強い緑色の光の波長を放出することで、過剰な熱を摂取しないようにしている。
スライムも、太陽光の中で最も強い青色を放出することで、諸々の弊害を過剰摂取しないようにしている。陽光をふんだんに取り入れて活用するがゆえに、必要以上に摂取しない仕組みになっているのだ。
また、草むらや葉陰に潜んでいることが多いため、緑陰に紛れやすいような体色をしているともいえる。
様々な実験において、子供たちは活躍した。スライムを忌避することなく触ることができ、スライムもおとなしくされるがままである。
「このスライムはこの栄養、水量で。明暗の時間だけを変えるの。このスライムは別の栄養、水量で。明暗の時間を変えるわ」
「えぇ、面倒!」
「こまけえな」
「文句を言わずにやるのよ。これでご飯が食べられるんだから」
カレルとチエムがぶつぶつ言い、エニーが腰に手を当てる。
不平を漏らすものの、カレルとチエムはそれまでとは一変した今の待遇には大いに満足している。まさしく、エニーの言う通りなのであった。
「メイニ、スライムたち、疲れていない? 体の変化があるかどうか聞いてくれる?」
「わかった!」
ティコが気配りを行き届かせ、メイニがこまめに問いかけたことから、変調を見逃すことなく実験を続けることができた。
年少組ふたりで、次の実験までのインターバルの際に、撫でてよく頑張ったと褒めてやる。
貴族のような家門存続に血道を上げる貴族ほどではないにしろ、庶民もまた財産を守り家名を残そうとした。
あちこちから人が集まる町とは違って、村落では村の名前にちなんだ家名を持つことが多い。
かつての寒村ピルア村では「ピル」に一文字つく。たとえば、カリスタ・ピルマ、ランディ・ピルネといった風にだ。
ピルムの名は夫妻が亡くなった後、娘ただひとり受け継ぐこととなった。
だが、リシェル・ピルムが孤児たちを引き受けたことから、現在では六人が名乗っている。
村の温情でなんとか暮らすピルム一家は、アルノ・カルフォシスという名の生物学者がやってきてから、様変わりすることとなる。
バートは同輩の聖職者たちに名もなき寒村へ赴任することとなったことを哀れまれたが、こういった捨て置かれたような場所でこそ、神殿の教えが必要なのだと思っていた。権力争いなどとは無縁な場所でのんびりと過ごせるだろうから、自分の性に合っているとも考えた。
そんなバートの予想とは裏腹に、寒村はあれよあれよという間に変様した。
リシェルたちが家の敷地にスライムを放していることを、いくら最弱とはいえ魔物を身近に置くなどとは、と忌避する村人もいた。
だが、そのスライムの研究を行うのだとして、大勢の学者がやってき、いつの間にか村長の了承を得て高層の建物が建ち、温室や家畜小屋も建築するのだという。
「なんかすごい称号を持つ学者さんがいるんだって」
「ああ、あれじゃないの? カトリエン商会の息子さん」
「あんなに立派な建物をいくつも建てるなんて、さすがはカトリエン商会だよな!」
「大商会の息子さんがこんな小さな村に目をつけるなんてなあ」
村人たちは誇らしげである。寒村でも名前だけは聞いたことがある商会なのもさることながら、なにより、雇用が増え、一気に村が豊かになったことが大きい。
今や、カトリエン商会の子息レファートは、村長や領主よりも村人の尊敬の念を集めている。
実際、レファートは加速度的に環境を整えていった。
村の片隅だったピルム家が村の中心になりつつあった。
「物置小屋で寝泊まりしていたってのが、どうしても許せなかったらしい」
「こんな小さな村に宿泊施設がなかったからだ」
いつだったか、ピルムの子供たちと会ったときに、だから大都会の神殿に匹敵するほどの立派な建物が建てられたのだと話した。
「スライムとはいえ、魔物を研究するなんて、生物学者さんはすごいものですね」
バートが感心すると、年長組の少年ふたりは笑った。村のあちこちで手伝いをすることと引き換えに食料や日用品を得ていた子供たちは、常に余裕がなさそうだった。でも、今は違う。
「アルノは確かに生物学者だけれど、それだけじゃないんだ。ブツリとかいろんなことを知っている」
何事にも警戒してみせるカレルが、珍しく疑念を持たない様子だ。
「動物のことも植物のことにも詳しくて、俺たちにもわかるように話してくれるんだけれど、これってすごいことなんだって」
リシェルが言っていたと珍しくチエムが素直に感心する。いつもにやにやと人の挙措を笑う素地がまったくない。
ふたりはいつも生活に汲々としていて、将来への展望など見出せないという風情だった。
本来なら、孤児たちを保護するのは神殿の役割である。つまり、バートの任務だ。だが、赴任間もないということで、村人たちはバートから遠ざけた。バートもまた、神殿とは名ばかりの荒れ家を修繕し、定期的な祭儀を再開することに奔走していて、手が回らないのが実情だった。
学院を卒業したリシェルが戻ってきて引き受けたことをいいことに、今に至るまでそのままにしていた。
そして、ときおり見かける孤児たちの希望のない表情を見て心を痛めていた。
ところが、村が様変わりするのと同時に、彼らにも大きな変化があった。安定を得て、心の余裕ができたのだ。そして、おそらく、将来への不安も解消されたのだろう。
「パンがさ、食べたことない柔らかさで美味くってさ」
「見たことも聞いたこともない果物とか木の実とか入っていて」
特に、食料が質量ともに向上したのは、育ち盛りの子供たちにとってはこの上ないことだった。
「よかったですねえ」
「え、おい、なんで泣くんだよ」
「バートさん、どうしたんだ?」
思わず涙ぐんだバートに、カレルとチエムが慌てる。
そこへ、乱暴なノックに続いて慌ただしく扉が開いた。
「大変だ! ヨルグ町で流行り病が起きた!」
「植物は「二酸化炭素」を必要としているよ」
「にさんかたんそー?」
「いっさんかたんそもある?」
「あるよ。でも、一酸化炭素は光合成には使われないんだ」
「じゃあ、すらいむがとりこむー?」
「だめだよ! 体内の酸素が欠乏しちゃうから」
「じゃあ、さんそをとりこむー?」
「それなら大丈夫」
「みんな、やるよー」
「「「おー」」」
「まって、全員で一斉にたくさんとり込んだら一時的に周辺酸素が薄くなるー!! 大所帯になったのに!」




