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 レファートは学者を目指したものの、学ぶうち、行き詰まりを感じていた。

 大商会の会頭の息子として生まれてきたせいか、商才を持っていた。

 ふたつの畑違いの才能を持つ優秀な人間だともてはやされたが、学界にはより優れた人間は多く、彼らと己とを比較して思い悩む時期があった。


「結局、わたしは学問と商業と、どっちつかずなのです」

「どちらかを選ぶのではなく、双方を結び付けられるじゃないか」

 レファートの悩みに全く違う観点を提示したのは、師と仰ぐアルノである。


「君は学者としても商人としても優秀なのだから、その両才能を活かしてほしい。君ならば、その研究がどれほど有用なのかわかる。それをどのようにすれば、人が必要とするものになるのかわかる。それは、単なる学者にも、単なる商人にもできないことだ」


 学者は研究に没頭するのは当然で、その上で成果を挙げなければならない。けれど人間はひとりではなにもできなく、また、大勢の人間よりもひとつの機械が勝ることがある。人が魔物から身を守れるのも、道具を生み出し使いこなすことができたからだ。

 そういった労力や物品と交換されるものが金銭だ。そういった通貨を得ることを、あざけり卑下する者もいる。だが、何かをなそうとするならば、自分ひとりではなく、他者の力や物品を必要とする。それらの対価となるものが貨幣である。


 製薬商会は利益にならない薬開発には出資しない。無駄になる公算が高い研究や需要が見込めない薬の発見については資金を出さない。

 また、研究者全員が人を救うために研究をしているのではない。発見をしたい。研究を進めたい。知りたい。自分の打ち立てた仮説が正しいと証明したい。自分の科学が正しいと証明したい。評価されたい。より高い称号を得たい。そういった欲求を原動力にしている。

 人間なのだから、様々な欲求や目標、目的を持っている。

 そんな中、レファートは君ならばできる、うってつけだと言われたことから、より師に傾倒することとなる。


 カトリエンは総合商会だ。製薬分野はそれほど強くなく、台頭する製薬専門商会に対抗心をもっていた。レファートはその対抗心をあおった。レファートが学者となり、アルノの弟子となり、共同研究者となったから、カトリエン商会は製薬分野に深く切り込めた。カトリエン商会においてのレファートの地位も盤石となった。

 アルノの提案を受け入れたレファートが学界と商業界とを結びつけることによって、より有効な商品を生み出し、その金銭で研究費を得ることができた。


 レファートは後にこう話した。

 あの方は天才だ。

 わたしも人よりも知能が高い。だからこそ、もの知らずが自分の無知を恥ずかしいと思わないことを腹立たしく感じていた。

 けれど、あの方にはそんな発想はない。

 誰かの言葉に関心を持って耳を傾ける。どんな人の話からも学ぼうとする。

 自分にはない発想、着想を得ようとしていた。それが、わたしとあの方の決定的な違いだ。わたしは狭い世界でしか手段を模索できないけれど、あの方はまったく方向違いの事柄を、そうやって得ることができた。


 そんな風に思えるようになったレファートにもまた、変化があった。

「坊ちゃんは話が速くて助かる」

「さすがは坊ちゃん。話がすんなり通る」

 方々でレファートの仲介ぶりが評価されたのだ。

 相場の金銭よりも安い金額を最初に支払い、権利を得る。相手の当然の権利がなくなる。そういった商業の手法を用い、研究成果の権利を守った。




 アルノの高弟のひとりエルミラ・ミンダートは黒い真っすぐに流れる長い髪、ピーコックグリーンの鮮やかな色味の瞳をしている。高い頬骨を持つ高身長の美人で、女性初の博師の称号を受けた学者でもある。

 アルノとそう身長が変わらないことを気にしている。実験のときは髪をうなじでひとまとめにしている。師匠に対しては丁寧だが、ほかの人間にはぞんざいだ。

 あまりの美貌に息を忘れる、息の根が絶えるということから、死神と呼ばれる。

 

 称号を得た後も、女性だからといってなにかと雑用を押し付けられていた。

 エルミラは光魔法をよく扱い、顕微鏡の技術躍進に大いに貢献している。

 にもかかわらず、性別によって下に見られ、成果を奪われそうになった。そのとき、かばったのがアルノだ。

「功績を奪い、排除しようとするなど、研究の妨げになる」


 アルノは、エルミラの功績は美しさによってもたらされたものではなく、発想のすばらしさと思考力、地道さゆえによるものだと言った。

 エルミラの息が止まるうつくしさよりも、その技能、努力に着目した。自分の能力を認め、尊厳を守ってくれた。


 多くの男性たちは女性である自分の力を認めることができず、なんとかして下に見よう、自分の下に引きずりおろそうとした。

 そんな人間を、どうして尊敬することができるだろう。ましてや、愛することなんて。

 実家は由緒ある家門で、うつくしく成長したエルミラを貴族や富裕な者に添わせようとしているが、聞き流している。


 そんな環境下にいたからか、いつの間にか、アルノのことを好きになっていた。

「数少ないわたくしよりも賢い男だ。貴重な存在だ」

 あんな才能を持つ上に、公平に接してくれる人なのだ。惚れないわけがない。

 ただ、全くの脈なしである。

 でも、いっしょに研究するだけでも楽しい。幸せだ。この幸せがずっと続けばいいと思う。


 そんな風に思っているところへ、レファートがアルノにリシェルのことが好きなのだろう、と問いかける場面に出くわした。

 エルミラはすぐにレファートがからかっているのではないということを察した。

 アルノはどうも、リシェルが素晴らしい人だということは認めているものの、好きだということを自覚していないようで、レファートが認識を促そうとしたのだろう。


「なにをばかなことを! あんなに優秀で有能でやさしくて気立てがいい人なんだから、より取り見取りなんだぞ。俺を選ぶわけがない」

「やさしいのは気持ちがあるからですよ。優秀で有能だから、付き合ってみればいいじゃないですか」

 アルノ第一のレファートにとって、リシェルへの思慕は研究の邪魔になるのではなく、それまでに得たことのないインスピレーションや発案が得られるのではないかとみなしている。

 アルノに多くのものを与えてくれる存在なのであれば、弟子ふたりも認めざるを得ない。


 そして、エルミラは同じ女性のリシェルが懸命に研究に取り組んでいる姿を見て、過去の自分に重ねずにはいられなかった。リシェルは多くを語らないが、エルミラにも想像がつく。

 寒村から学院に入学した女性だ。少し話せばその聡明さがわかる。エルミラは由緒正しい家門に生まれたからこそ、女性の身で学問の道へ進むことに難色を示された。進学するに当たり、家族を説き伏せるのに相当苦労した。リシェルは学院入学前に両親を失ったと聞くから、学費を捻出するのに難儀しただろう。

 そんな風に苦労して入学した学院、大学では別の苦労が待っていたのだ。


 使役対象はスライムだということで、さぞかし、学院で嘲笑されただろうとエルミラは半ば確信している。同学年の男性たちは、「学問」という同じステージで異性に後れをとってなるものかと、なにかと張り合おうとする。聡明なリシェルに歯が立たない彼らは、さぞかし彼女の使役術をあげつらったことだろう。


 さらには、同じステージで女性に負けまいとする男性たちは、相手の見目がよければ、恋人にすることで優位に立てると思い込む。

 エルミラが恋愛から遠ざかる理由もここにあった。同じステージに立っているにもかかわらず勝手に優劣をつけ、負けが見えてきたらなんとしてでも勝とうとするのだ。


「恋人になれば優位に立てるという男性に恋に落ちることはない」

 エルミラは強くそう思う。

 アルノやレファートは、エルミラを性の対象ではなく、研究仲間として遇した。そこには学問に対する尊敬と信頼があった。エルミラの学識や技術を評価し、対等に扱われる。エルミラを学者としてみなしているからだ。それこそがエルミラが欲していたものだ。


「光魔法をスライムの体内深部に送り込むイメージで使ってみろ」

「え、エルミラさん?」

 スライムに触れながら光魔法を充填していたリシェルが顔を上げて目を見開く。

 同じグリーンでも、自分の瞳の色とは大いに違うなとエルミラは考えた。

「リシェルは魔力を与える際、なぜスライムに触れるんだ?」

「それはその、」

 リシェルは女性初の博師となったエルミラにある種の憧れと気後れを抱いていた。だから、咄嗟に口ごもったものの、せっかく話しかけられたのだから、と懸命に思考を巡らせる。


「スライムは目も鼻もなくて、振動でさまざまなことを感知しています。だから、使役術を使うとき、触れるようにしているんです」

 リシェルの言葉に、エルミラは頷く。

「なるほどな。生物学者の中には魔物を専門とする者もいる」

「はい」

 学者としてのエルミラの話をリシェルは真剣に聞いた。

「だが、スライムについて調べる学者を、わたくしは聞いたことがない」

「そうなんですね」

 落胆も失意もなく、そのまま受け止めるリシェルにエルミラは形の良い赤い唇の端を吊り上げる。


 リシェルは今までさんざんスライムを使役するしか能がないとして蔑まれてきた。だが、スライムたちは子供たちとなじみ、何度もメイニを救い、さらにはスライム・クラフトという世紀の発見に立ち会えたことから、スライムへの感情が大きく変化していた。


「リシェルがスライムを専門に調べる学者になればいい」

「え、」

 リシェルの口が薄っすら開く。

「アルノ・カルフォシスの世紀の発見に寄与したのだ。今後、我が師の論説によって、スライムは注目を浴びることとなる。その研究の最先端に君はいるのだよ」

 リシェルは声もなく、唇をわななかせた。


「女性研究員が増えれば、わたくしもやりやすくなる」

 そんな風にリシェルを激励したエルミラは、光魔法を充填するスライムに触れるのは理にかなっているという。

「光は物質に接触した際、一定量反射し、跳ね返り、中に入り込めずに散乱する。エネルギーを無駄にしていると言える」

「だから、内部に送り込むイメージで魔法を使うんですね」

 リシェルはほほを紅潮させながら話した。学院の光魔法の教師からですらこれほどまでに明確に光の性質について教わったことがない。これが、光魔法顕微鏡に寄与する学者の学識なのだ。

「そうだ」

 呑み込みの早いリシェルにエルミラが内心感心しつつ頷く。


 魔法は術者の眼前に発生する。だが、触れたものの内部に送り込むこともできなくもない。受ける者が抵抗すれば魔法をはじき返す。使役者と被使役者とのコンセンサスが取れているのであれば、反発は減る。

「ふむ。リシェルはスライムと相性が良さそうだな」

 自身もスライムに光魔法を充填したエルミラが言う。

「魔力充填時も緊張させない方がいいみたいです」

「なるほどな。では、メイニに撫でてもらうとするか」

 そんな風にして女性学者と学者を目指す女性ふたりを、学者たちが遠巻きにうっとりと眺めていた。その中に、賢師も混じっていたのだった。




「なんかしらないにんげんにぺちってやられた!」

「こわーい、ぷるぷるぷる」

「きゃー、ぷるぷるぷる」

「あ、このひと、しってるー」

「あたたかいまりょくくれるひとー」

「またくれるかなー」

「あ、きたきたー」

「あたたかいまりょくがくるとじんわりぷるぷるして「あー」ってなっちゃう」

「それなー」

「あたたかーい、ぷるぷるぷる」

「「「「ぷるぷるぷる」」」」




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