表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠の中の三国志  作者: ゆう
貂蝉編
9/17

【貂蝉編3】籠の外の策

王允の屋敷は、いつもの静けさを保っていた。

昼下がりの一室。

香炉の煙が、細く揺れていた。


王允は、それを見つめながら、かつての夜を思い出していた。


洛陽が燃え、空が灰色に閉ざされ、天に向かって声を殺して泣いた夜。

祈りは届かず、空は割れず、曇天は晴れなかった。


王允は、それを知っている。


だからもう、祈らない。

──俺は董卓と共に地獄へ行く。


王允は、先帝に手を合わせる代わりに、拳を握った。

爪が拳に食い込んだ。



────────────────────────────



王允は座し、貂蝉を前に置いた。

貂蝉は頭を垂れ、静かに待つ。

王允は長い間、黙っていた。


やがて、ゆっくりと口を開いた。


「次の宴では、自然に振る舞え」


それだけだった。

理由も目的も、語らない。


ただ、貂蝉の装いを静かに整え、髪を少し変え、衣を一枚増やした。

立ち位置をわずかにずらし、動線をほんの少し曲げる。

言葉は、もう何も加えなかった。


貂蝉は頷いた。

瞳を伏せたまま、香炉の煙を追う。


煙のように、自分もいつか消えてしまうのだろう。


それが何を意味するのか、まだはっきりとは分からなかった。

だが、従わねばならないことだけは、理解していた。



────────────────────────────



王允は全てを理解していた。

そのつもりだった。

だからこそ、確かめる必要があった。


董卓と呂布の距離を。

彼らは近すぎず、完全な主従でもない。

呂布は董卓の背後に立ち、董卓は呂布を道具として使っていた。


彼らを繋ぐのは、信頼ではなく、恐れ。

忠誠ではなく、力。


そこに、王允は一つの異物を置いた。


数日後の宴。

董卓が王允の屋敷を訪れた日。

大殿は穏やかに賑わっていた。

酒は控えめ、笑い声も上品。

董卓は上座に座し、王允は隣で談笑する。


呂布は董卓の背後にいた。

方天画戟を横に置き、直立不動。


いつもの位置。

いつもの距離。


貂蝉は、いつも通り動いた。

盃を運び、歌い、舞う。

董卓の視線を集めつつ、決して長く留めない。


王允は董卓と笑いながら、横目で呂布を観察する。

呂布は何も言わず、表情も変えない。


だが、貂蝉が彼の前を横切った一瞬、呂布の視線が乱れた。

すぐに呂布は視線を戻し、再び石のように立つ。


──揺れた。


確信は、言葉にならなかった。


だが、それで十分だった。

王允は見逃さなかった。


心中で、静かに確信する。


──揺れる。


しかし、あえて何もしない。

貂蝉を褒めず、呂布に声をかけず、董卓に女の話題を振らず。


宴は穏やかに進み、穏やかに終わった。


何も起こらなかったように。


董卓は満足げに帰り、呂布は無言で従う。

貂蝉は片付けを済ませ、奥へ消える。


王允は一人、座したまま香炉の煙を見つめた。

拳は握られていた。


籠は揺らすが、扉は開けない。

鳥を驚かせず、ただ傾ける。


それだけで十分だった。

鳥は、揺らされた籠の中でこそ、自分の羽に気づくのだ。


風が窓を揺らし、煙が細く舞った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ