【王允編6】剣のない朝
朝議は、いつも通り終わった。
董卓は玉座の傍らに座り、大臣たちの奏上を聞き、時折、短く笑った。
誰も、昨夜のことを口にしなかった。
曹操の名も、七星剣の名も、長安の夜に何かが起こった気配すら、話題に上らなかった。
王允は頭を垂れ、いつものように、司徒として言葉を添えた。
声は平静だった。
髭を撫でる指も、震えなかった。
議が散会し、大臣たちが廊下を去っていく。
足音が遠ざかり、静けさが戻る。
王允は一人、殿の隅に立っていた。
老いた家令が、控えめに近づいてきた。
「司徒殿。昨夜、曹操殿が城を出た由にございます。」
王允はわずかに目を上げた。
「七星剣を携え、北門から二人連れで出立。行き先は、陳留とのこと。」
家令はそれだけ言って、頭を下げた。
──陳留。
曹操の故郷。
兵を挙げる気なのだろうか。
王允は頷いた。
何も問わなかった。
曹操は去った。
董卓は生きている。
しかし七星剣は、我が元にはない。
先帝から下賜された、あの重みは、もう二度と戻らない。
胸の奥の冷えは、もはや凍てつくほど深かった。
だが、涙は出なかった。
嘆きも、怒りも、
ただ静かに、沈んでいくだけだった。
王允はゆっくりと歩き始めた。
次の朝議の支度を、董卓の前に跪く準備を、漢の忠臣として続けるために。
しかし、胸の奥の凍てつく冷えは、わずかに、別の熱を帯び始めていた。
それは、怒りでもなく、嘆きでもなく、ただ、静かに燃え上がる、執念のようなものだった。




