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籠の中の三国志  作者: ゆう
1 王允編
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【王允編5】剣を刺す夜

月はなく、野営の火はすでに消えていた。



曹操は毛布に身を包み、静かに寝息を立てていた。

七星剣は、その傍らに置かれていた。


陳宮は、火の残り灰を前に座ったまま、長い間、動かなかった。

やがて、ゆっくりと立ち上がった。


七星剣を手に取る。


鞘から抜く音は、ほとんどしなかった。

刃は、星明かりを薄く受け、冷たく、夜に溶け込むように光った。


陳宮は曹操の傍らに跪いた。


剣を両手で握り、喉元に近づける。


曹操の首は、無防備だった。

息は規則正しく、顔は穏やかだった。


剣先が、わずかに震えた。



────────────────────────────



──陳宮は今夜の曹操の言葉を思い出していた。


「公台。俺がなぜ董卓を斬らなかったのかと、訝しんでおるのだろう」


陳宮は答えず、ただ見つめた。

曹操は火の残りを見つめながら、静かに続けた。


「董卓は、斬るほどの相手ではなかった。奴はただの凶暴な獣だ。

獣を殺したところで、檻は変わらぬ。

宦官が腐らせたこの王朝に、董卓が地獄を重ねただけ。

董卓を斬ったところで、次の獣が現れる。

それを繰り返すだけでは、何も変わらぬ」


短い沈黙の後、曹操は小さく息を吐いた。


「乱世を終わらせるには、地獄を終わらせるだけでは足りぬ。

新しい秩序が必要だ。それを築けるのは、獣を操る者だけだ」


陳宮は息を呑んだ。


理のある言葉だった。

あまりにも理が尽くしすぎていて、情が一滴も混じっていない。


この男は、理想を語らない。

希望を売らない。

ただ、冷たく、正確に、世の理を切り取るだけだ。


理しかない。

だからこそ、末恐ろしい。



────────────────────────────



陳宮の指が、剣の柄を固く握りしめた。


心の底に、氷のような恐怖が沈んでいった。


刃は進まなかった。

夜だけが、陳宮を置き去りにしていった。


遠くで、風が草を揺すった。

どこかで、夜鳥が一羽、短く鳴いた。

陳宮は剣を握ったまま、曹操の寝顔を見下ろした。



やがて、息を吐いた。


剣を、静かに、曹操の喉の傍らの地面に突き刺した。


土の中で、短く鈍い音がした。


立ち上がり、馬に跨った。


手綱を握り、闇の中へ進む。

振り返らなかった。




朝が来て、曹操は目を開けた。

七星剣は、すぐ傍らにあった。


曹操はゆっくりと身を起こし、剣を引き抜いた。


刃を一瞥し、鞘に収めた。


遠く、陳宮の姿は、もう見えなかった。

曹操は静かに言った。


「殺せなかったか。」


風が、草を揺らしただけだった。

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