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籠の中の三国志  作者: ゆう
陳宮編
17/17

【陳宮編3】自由の風

曹操の軍が、徐州に迫った。

かつての逆徒・黄巾軍を飲み込み、精鋭へと鍛え上げた数万の軍勢。



決着は、あまりに早かった。


逃げ場を奪う水攻めが始まり、気づけば城壁は蹂躙されていた。


孤立した呂布の兵は力尽き、期待した劉備の援軍も現れない。

曹操の「理」が積み重なるたび、出口は一つずつ塞がれていった。


徐州の拠点・下邳の城は、落城した。



────────────────────────────



下邳の南門・白門楼の下、牢は冷たく湿っていた。

呂布は壁に寄りかかり、陳宮は向かいに座っていた。

呂布を縛る縄は固かった。


曹操の使者が来て、呂布に告げた。


「降伏せよ。」


呂布は、静かに聞いた。

長い沈黙。


「命乞いをせぬのか」


やがて、淡々と答えた。


「……妻を、汚すな」


それだけだった。


使者は、わずかに眉を動かした。


「大将軍に伝える」


陳宮は、目を伏せた。

呂布は、最後まで欲を語らなかった。

最後まで自分の大切なものを、守ろうとした。

だから、俺は呂布の側にいたのだと、分かった。


使者が去り、牢に沈黙が戻った。


呂布が、静かに尋ねた。


「公台、なぜ乞わぬ」


陳宮は、ゆっくりと口を開いた。


「奉先。今分かった。俺はただ、まっすぐなお前が好きだった」


呂布は、黙った。

理解したかどうかは、わからない。

ただ、目を閉じた。


外で、足音が近づいた。


処刑の時だった。



────────────────────────────



白門楼の上。

風が冷たく、旗が揺れていた。


呂布と陳宮は、並んで立たされた。


曹操は、すぐ近くに馬を寄せていた。

劉備は、少し離れて目を伏せていた。


高順が先に絞首された。

侯成、宋憲、魏続が、次々と。


呂布は、首を吊るされる前、最後に、白門楼の一番高い場所から、静かに周りを見回した。


陳宮は、その隣に立たされた。


曹操は、陳宮を見て、静かに言った。


「公台。降れば、なお用いる」


声は低く、惜しむ色を帯びていた。


陳宮は、曹操を見返した。

初めて、微笑んだように見えた。


「曹将軍──孟徳。私は、籠の外の理を選んだ。それが、間違いだったと知りながら」


曹操は笑った。


「本心を言え」


陳宮も笑った。


「俺は、お前が嫌いだ」


曹操は、目を伏せた。


長い沈黙。


やがて、曹操は小さく頷いた。


「そうか」


それだけだった。


陳宮だけには、曹操の目の端に光るものが見えた。


最期に陳宮は心中で呟いた。


裏切りはなかった。

ただ、正しさが、あった。


呂布は、欲を語らなかった。

美しさを守り通した。

劉備は、義を曲げなかった。

曹操は、理を尽くした。


──その中で、俺は、自由に生きた。


あの時、なぜ曹操を切らなかったか。

それが俺の生き方だからだ。


後悔はなかった。


風が吹き、旗が大きく揺れた。


下邳の空は、遠くまで晴れていた。



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