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籠の中の三国志  作者: ゆう
陳宮編
15/17

【陳宮編1】籠の外の理

曹操軍との長期戦となった、濮陽での戦いでは、呂布の槍が冴え、陳宮の火計が曹操を追い詰めた。

天下の覇者と呼ばれ始めた男が、初めて本気で死を覚悟した瞬間を、陳宮は見た。


陳宮は馬上で、遠くの空を眺めていた。


その「天下の覇者」、曹操の首元に七星剣を突きつけ、そして離れた日の記憶が、ふとよみがえる。


──あの日の空と同じだ。


あの時、なぜ曹操を切らなかったか。

答えは、最初からなかった。


ただ、曹操の目は欲を宿していた。

領土を、民を、天下を、すべてを籠に入れ、蓋をする目だった。


陳宮は、そんな籠を嫌った。


──だから、俺は呂布を選んだ。


呂布は欲を語らない。

言葉は少ない。

奪わず、汚さない。

ただ、静かにそこに立つ。


徐州の首都・下邳への道を進む軍勢は、疲れてはいたが、足取りは軽かった。

徐州はもう近い。


先日、徐州牧・陶謙が病没したという報せが届いていた。

別駕の糜竺が、急ぎ使者を遣わしてきたのだ。


「故・陶恭祖公の遺志により、徐州を呂将軍にお預けしたい」


呂布は馬を止め、遠くの城を見た。

広がる田畑、城壁の上に昇る炊煙、民の影。

長い間、黙っていた。

やがて、静かに呟いた。


「俺には、重すぎる」


それだけだった。

陳宮は、隣でその言葉を聞いた。


理解した。


欲の外にある者は、籠を持てない。

呂布は城を欲していない。

ただ、預かるだけ。

だからこそ、重い。


陳宮は目を伏せた。


この男は、天下を取らないだろう。


そして、それでいいと思っていた。


籠の外にいる理。

それが、陳宮の選んだ道だった。



────────────────────────────



下邳の城門が、ゆっくりと開かれた。


門の向こうから、穏やかな笑みを浮かべた男が、静かに出迎えた。

その瞳の奥に、確かに火を灯していた。


この城の現在の主、


劉備だった。



風が吹き、旗が揺れた。

呂布は馬を進めた。

陳宮も、それに従った。

まだ、何も始まっていない。


ただ、籠の外にいる男が、籠を受け取ろうとしていた。


それが何を示しているのか、陳宮にもまだ分からなかった。



────────────────────────────



下邳の城は、静かに夜を迎えていた。


大殿の一室。灯りは控えめで、酒の香りが薄く漂う。

呂布は上座に座し、陳宮はその隣に控えていた。


向かいに座る劉備は、質素な衣を纏い、姿勢を低くしていた。

穏やかな微笑みの中の心は、彼の瞳からは読めなかった。


これは、劉備が呂布に徐州を預けるための最後の会談だった。


「徐州の民は、乱世に疲れております」


劉備の声は穏やかで、義を語る言葉は丁寧だった。


「将軍が徐州をお守りくださるなら、民は安堵いたします。

私めは、ただ一時を凌いできたに過ぎません。

漢の忠臣の私が領地を持つなど、義に反する。

もとより、私には、城を治める才などございません。

乱が収まるまでの間、私は小沛で民が飢えずに済むよう、務めを果たしたいと存じます。」


呂布は、黙って聞いていた。


言葉は少ない。

時折、劉備の目を見る。


幼子のような澄んだ瞳だった。



呂布は、劉備の言葉に頷いた。


劉備は笑みを浮かべ、盃を掲げた。


「将軍の信義に、感謝いたします」


小宴は静かに進んだ。


宴が終わり、劉備が城から去った後。


「汚れていない男だ」


呂布は、静かに言った。

陳宮は、同意した。


「理のある同盟です。小沛は徐州の盾にもなる場所。」


劉備は徐州を欲していない。

民のために小沛を治める。

自ら矢面に立つ。

呂布と同じく、欲を語らない。


だから、安心できる。


ただ──


陳宮の胸に、一箇所だけ、違和感が残った。


劉備といえど、中原の徐州は喉から手が出るほど欲しいはずた。

だが、自ら小沛で務めを果たすことに迷いがなかった。


決断に、情が混じっていなかった。

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