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籠の中の三国志  作者: ゆう
献帝編
13/17

【献帝編2】逃避行

街の火はやがて、宮殿を蝕むように襲った。


長安の宮殿は、もう宮殿ではなかった。


壁は崩れ、柱は焦げ、廊下には死体が転がり、血と糞と焦げた臭いが混じって空気を腐らせていた。


兵たちは食を失い、街は飢えと略奪に呑まれた。



奥の間にも、飢えは忍び寄ってきた。


劉協は、玉座に座したまま、動かなかった。


供える米は尽き、宦官たちは木の皮を剥ぎ、革靴を煮て差し出した。

劉協はそれを黙って口に運び、噛み、呑み込んだ。


味はなかった。

ただ、生きるための行為だった。


外では、毎夜のように叫び声が上がった。

誰かが殺され、誰かが奪い、誰かが死んだ。


だが劉協は、もう窓の外を見なかった。

見ても、何も変わらないと知っていたから。


やがて、楊奉と韓暹と董承が現れた。

残った忠臣たちだった。


彼らは声を潜め、劉協に跪いた。


「陛下、今なら抜け出せます。外に道が開かれました」


劉協は頷いた。

それだけだった。



────────────────────────────



夜陰に紛れて、一行は宮殿を抜け出した。

馬車はなく、劉協は歩いた。


幼い足で、瓦礫を踏み、血溜まりを避け、死体を跨いだ。

兵たちはわずか数百。


飢えた民が道に群がり、食を乞うた。


「陛下……陛下……」


劉協の衣にすがりつく手があった。


兵は剣を振り、切り払った。

血が飛び、叫びが上がった。


劉協は、最後まで目を逸らさなかった。

だからこそ、何も言えなかった。



夜の街を抜け、城門をくぐった。

外は闇だった。


河東へ、河内へ。


道は長く、兵は日ごとに減った。


雨が降り、道は泥になった。

馬は倒れ、荷物は捨てられた。


飢えは深まった。

草を掘り、木の根をかじり、虫を捕まえた。


ある夜、護衛の兵が、震える声を吐いた。


「草も尽き、馬も食い尽くしました。もう……人肉を……」


劉協は何も言わなかった。

目を閉じ、ただ息を一つ吐いた。


それだけで、兵は分かった。


涙は、とうに枯れていた。



────────────────────────────



別の朝、追手の蹄の音が響いた。

李傕の残党か、郭汜の軍か。


楊奉が兵を並べた。


矢が飛び、叫びが上がった。


それは、自分を守るための戦いだった。

劉協は小さな土手の陰に身を寄せ、それでも目を逸らさなかった。


血が飛び、人が倒れた。

やがて、音が途切れた。


目を閉じた。


護衛の兵は、また減った。


顔についた味方の血を袖で拭い、劉協は立ち上がった。


歩き続けた。

それが生きるということだった。



────────────────────────────



やがて、遠くに軍勢の旗が見えた。

黒い甲冑、整然とした行列。


兄と逃げたあの日、川辺を囲んだ軍勢と重なった。


馬蹄の音が近づき、旗が風にはためく。


「止まれ」


一喝の声で、大軍がぴたりと止まった。


先頭の馬車から、男が降りてきた。

甲冑を纏い、剣を帯び、鋭い目をこちらに向けた。


──曹操だった。

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