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籠の中の三国志  作者: ゆう
貂蝉編
11/17

【貂蝉編5】籠の中の汚れ

董卓の館は、今日も宴に満ちていた。

酒が溢れ、肉が運ばれ、笑い声が天井を揺らす。

灯りが激しく揺れ、館全体が欲の熱に煮え立っていた。


董卓は上座に座し、盃を掲げ、大きな声で笑う。


周囲の将や官僚たちが媚びを売り、侍女たちが体を寄せる。



貂蝉は、その中心にいた。


歌い、舞い、盃を注ぐ。


いつものように、笑みを浮かべつつ、どこか遠くを見ている目で。


呂布は、いつもの位置に立っていた。

董卓の背後。

方天画戟を横に置き、直立不動。


宴は進み、董卓の機嫌は最高潮に達した。

酒が回り、視線が貂蝉に集中する。


やがて、董卓は立ち上がり、声を上げた。


「この女、貂蝉。今日より、わしの側室とする。今夜から、わしの寝所へ連れてこい」


館内が一瞬、静まった。


官僚たちが息を呑み、将たちが視線を逸らす。

誰も、異を唱えない。

董卓の言葉は、絶対だった。


ただ一人。


呂布の視線が、一瞬、貂蝉に留まった。


すぐに戻したが、その瞳に、静かな拒絶が宿っていた。


貂蝉は、静かに頭を垂れた。


──これで、終わりか。


表情は変わらない。

媚びず、怯えず、ただそこにいる。

籠の中の鳥が、運命を受け入れるように。


呂布は、動かなかった。

だが、胸の奥で、何かが軋んだ。


──あの女を、この泥に沈ませるのか。


脳裏に、ふと、あの夜の廊下がよぎった。


薄暗い通路。

風に揺れた袖。


媚びなかった。

ただ、そこにいた。

欲の熱に染まらず、飲み込まれず。

まるで、別の風が吹いているかのように。


董卓が貂蝉を奪えば、それは汚される。

美しく在るものが、ただの所有物になる。

羽を汚され、声すら奪われる。


呂布の指が、わずかに震えた。


方天画戟の柄に、無意識に触れる。


これまで、この力は董卓の機嫌を守るためだけに使われてきた。

殴られても、罵られても、黙って耐えてきた。


なぜなら、斬るべき敵がいなかったから。

守るべきものが、なかったから。


だが今──


守れるものがある。


呂布は、初めて、前に出た。


「待て」


声は低く、静かだった。

だが、館全体を凍りつかせた。


董卓が振り返る。

顔が、ゆっくりと赤くなる。


「何だ、奉先。わしの言葉が聞こえぬか?」


呂布は、再び董卓を見た。


「渡さん」


言葉は、短かった。


董卓の顔が、怒りに歪む。

盃が、床に叩きつけられる。


「貴様、何を言うか! 俺のものを、俺が取るのに、何の異議がある!お前は犬だ!」


これまで何度も聞いた罵声。

これまで何度も耐えてきた屈辱。


だが今は、違う。

方天画戟を握る手が、熱を帯びた。


呂布は、視線を貂蝉に向けた。

一瞬だけ。


貂蝉は、この瞬間も、ただ、そこにいた。


館内が、息を呑む。

誰も、動けない。


方天画戟は軽かった。

呂布は自分の力を、この刹那で思い出すことに、笑った。


方天画戟が、閃いた。



────────────────────────────



──同じ刻、

王允は、自らの館で静かに座していた。


香炉の煙が細く立ち上る。

使者が駆け込んできたのは、宴の終わり頃だった。


王允は、静かに耳を傾け、ただ空を仰いだ。


──先帝よ。蒼天よ。


ただ深い、果てしない溜息のようだった。


やはり、曇天は晴れることはなかった。



────────────────────────────



館では血が、飛び散った。


董卓の首が、床に転がる。

驚愕の表情を凍りつかせたまま。


呂布は、静かに立ち尽くした。


戟の先から、血が滴る。


──汚い。


館の外では、冷たい風が吹き抜けていた。

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