アイドルがチー牛に愛の告白!?ネトゲで知り合った彼女とまさかの展開に!
佐藤太一、24歳。地味で目立たず、会社でもあまり注目されないサラリーマンだ。黒縁メガネにぼさぼさの髪、チェック柄のシャツに無地のパンツ――いわゆる“オタクファッション”で、職場の同僚からは陰で「チー牛」などと呼ばれているらしい。しかし、当の本人はそんな周りの評価などまるで気にしていない。
「別にどう思われてもいい。俺には趣味があるし、好きなことをやってりゃそれでいいんだ」と心の中でつぶやき、会社から帰ったあと真っ先に楽しむのはオンラインFPSゲーム。ヘッドセットを装着して、フレンドたちと毎晩熱中するのが日課となっている。
そんなある夜、太一はいつものようにゲームにログインし、フレンドと合流した。声だけで繋がっている相手は通称「Mr.Otaku」という名の仲間。いつものように2人でパーティを組み、新たなプレイヤーを待っていたところ、システム音声が「新しいプレイヤーが参加しました」と告げる。画面に表示された名前は「STAR_RINA」。
するとMr.Otakuが興奮気味に言う。「ちょっと待て! これ、あの『STAR_RINA』じゃないか?」
太一は、「誰それ?」と首をかしげた。どうやら地下アイドルとして配信もしているわりと有名な人物らしく、Mr.Otakuによればネット界隈ではそこそこ知られた存在らしい。
アイドルと同じゲームをプレイする機会にテンションが上がった太一は、「よし、ここでいいところ見せてやるか!」とやる気を高める。ところが、緊張からかミスを連発してしまい、結果として試合には勝利したものの、太一の元に届いたダイレクトメッセージは「気持ち悪い」「初心者が絡むな」といった冷たい文言ばかりだった。
「……気持ち悪いってさ」
それを耳にしたMr.Otakuは、「まあまあ、そんなこと気にするなよ!」と励ましてくれるものの、やはり太一には少なからずダメージがあったようだ。
そんな沈む太一を見かねてか、Mr.Otakuは「今週末、気晴らしに飲みにでも行こうぜ。ゲームばっかじゃなくて、たまには外の空気を吸おう」と誘ってきた。
「えー、飲みはめんどくさいな。そもそも俺、酒飲めないし」
渋る太一だったが、「おごるからさ」と言われ、「おごりなら……まあ、考えてもいいけどさ」とようやく承諾。土曜の夜8時、○○駅の北口で待ち合わせをすることになる。とはいえ顔も知らないネットフレンドとリアルで会うのは初めてで、太一としては多少気が進まない部分もあったが、一度決めた以上は行くしかない。
そして土曜の夜、指定された駅の北口で太一は待っていた。「ほんとに来るのかな……。渋い声だったし、やっぱ中年のおじさんだよな、多分……」と周囲を見回していると、思った通りスーツ姿の中年男性が近づいてくる。
「君が佐藤太一君か?」
「はい……もしかして『Mr.Otaku』さん、ですか?」
相手は低い声で「そうだ」と答えたあと、太一をじっと見つめて「ついてきてくれ」とだけ告げる。飲み屋には行かず、どこへ行くのか分からないまま、太一は男性の後ろをついて歩くことにした。しばらくして相手が立ち止まると、彼は驚くべきことを口にする。
「実は俺は『Mr.Otaku』じゃない。俺は立花玲奈のマネージャーだ」
「立花玲奈」といえば、国民的アイドルとして名を馳せる存在。唐突な展開に太一は混乱し、「立花玲奈って、あの有名な……? いやいや、何を言ってるんだ?」と頭が真っ白になってしまう。マネージャーと名乗る中年男性は、「玲奈が君に会いたがっているが、まずはどんな人間か確認する必要があった」と続けた。
わけが分からず戸惑う太一の背後から、「もういいでしょ、マネージャーさん。これ以上いじめないでよ」という軽快な声が聞こえてくる。振り返ると、そこにはまぎれもなくテレビで見る“あの”立花玲奈が立っていた。
結局3人は、近くの居酒屋へ場所を移すことになった。さっきの出来事で落ち着かない太一は、席に着くなり「だから、なんで俺なんかと……。そもそも『Mr.Otaku』って何だったんですか?」と矢継ぎ早に尋ねる。
玲奈は笑いながらコップを置き、「それ、気になるよね」と切り出した。じつはゲーム内で太一と一緒にプレイしていた“Mr.Otaku”の声は、彼女自身ではなくマネージャーの声をボイスチェンジャーで加工し、PCを通して流していたものだったという。身バレしないための工夫として、玲奈のプライベートアカウントは裏で操作しつつ、あの渋い男声は別に用意していたらしい。
「全然疑われなかったみたいで安心した」などと玲奈は微笑むが、太一にしてみれば「完全に騙された!」という思いでいっぱいだ。それでも、どうしてそんな回りくどいことを?という疑問が残る。すると玲奈は、ゲーム仲間として過ごす中での太一の人柄に惹かれていたと告白した。
「みんな私のことをアイドルとしてしか見てくれない。でも太一君は、私がミスしても怒らないし、普通にフォローしてくれるし……ただ、一緒に笑ってくれるのが嬉しかったんだよ」
「いや、俺はただゲームを楽しんでただけだけど……」
「その“ただゲームをしてた”っていうのがすごく大事だったの。アイドルだからどうこうじゃなくて、普通のプレイヤーとして接してくれた。それが私には特別だったんだ」
玲奈のまっすぐな言葉に、太一は「まるでゲームのような展開だな」と心の中で呟きつつ、少しずつ彼女の気持ちを受け止め始める。そして居酒屋のテーブル越し、玲奈ははにかみながら言った。
「太一君、私と……付き合ってくれないかな?」
国民的アイドルからの突然の告白に、太一は大きく動揺する。自分はただの平凡なサラリーマン。アイドルなんかと釣り合うはずがないと思いつつ、「アイドルの玲奈じゃなくて、ただの私として一緒にいたい」と懇願する彼女の真剣な目を見ていると、それを否定しきれなくなる。
「……分かった。でも俺なんかで本当にいいの? いつか後悔するかもしれないよ」
そう釘を刺しながらも、最終的には「よろしくお願いします」と頭を下げる太一。その瞬間、玲奈はパッと笑顔になり、「やった!ありがとう」と素直な喜びを表した。こうして2人の“秘密の交際”がスタートすることになる。
それからというもの、玲奈はアイドル活動の忙しい合間を縫って太一と会っていた。何より、互いの素性を隠しながら過ごすしかないため、周囲にバレないよう細心の注意を払わなければならない。
「最近、ファンとのイベントが多くて、なかなか会えなくてごめんね」
「気にしなくていいよ。玲奈が頑張ってるのは知ってるし、俺はそれを応援してるだけで十分だから」
「でも、太一君と一緒にいる時間がいちばんの癒やしなんだよ」
そんな日々が続くうち、玲奈の人気はさらに高まっていた。ファンやマネージャー、そして事務所といった周囲の人間に隠れて交際を続けることはますます難しくなる。ある日、玲奈はひどく疲れた表情で太一に打ち明けた。
「……私、アイドルを辞めようと思う」
驚く太一に、玲奈は続ける。「ファンや事務所に隠れてこうして会うのがもう限界。太一君に負担をかけるのも嫌だし、私自身も普通の生活を送りたいの。これからの人生を歩む相手が太一君なら、なおさらね」
「俺のために辞めるなんて……そんなことしなくていいよ」
「違うの。私のためでもある。ずっとアイドルでいることが幸せなのか、今は分からなくなってきた。だったら、もっと普通に笑える日々を選びたい。それを一緒に過ごすのが太一君だと嬉しいんだけど……ダメかな?」
真剣な瞳で見つめられた太一はしばし黙考したあと、大きく息をついてうなずいた。
「分かった。もしそれで玲奈が後悔しないなら、俺も応援する。俺なんかが言うのも変だけど……絶対後悔しないでくれよ」
玲奈はその言葉に安心したのか、微笑んで「ありがとう。これからは一緒にたくさんの思い出を作ろうね」と言葉を重ねた。
数か月後、玲奈は正式にアイドルを引退。そして間もなく、太一との結婚を電撃的に発表する。記者会見の場は大いに騒ぎになったが、報道陣から「突然の結婚発表に驚きました。お二人はどう出会われたんですか?」と聞かれた玲奈は、「ゲームがきっかけです」とはっきり答えた。アイドルと一般男性の馴れ初めがオンラインゲームだというのは世間的にも珍しい話で、さらに注目を集める。
「ゲームですか! 太一さんは玲奈さんのどんなところに惹かれたんですか?」という問いにも、太一は少し緊張しながら率直に答える。
「玲奈はアイドルとしてだけじゃなく、普通の人としてもすごく真っ直ぐで……。そんなところを守っていきたいなと思いました」
世間からは驚きの声とともに祝福が寄せられ、二人は新しい人生の第一歩を踏み出していく。
そして結婚から数年後。二人は穏やかな家庭を築いていた。ある日、太一はふと自分の歩んできた道を思い返す。
「もしあのとき『Mr.Otaku』ってアカウントで遊んでなかったら、まさか国民的アイドルと出会うことも、結婚することもなかったはずだ。人生って、本当に何が起こるか分からないよな……」
偶然の出会いが奇跡を生む。そんなことが実際にあるのだと、太一と玲奈は身をもって証明したのだった。