女神の愛し子の僕と、女神のような僕の婚約者
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『いや~ん、ラフィったら、そっけなぁい~!でも、そのクールなとこが、またすてきぃ~~』
この、徹頭徹尾、頭が悪そうなのが、女神の発言だ。
いちいち何かしらの反応をすることも面倒なので、放っておいている。
『ねぇ、ねぇ、ラフィ。今年の女神祭はぁ、果物をたくさんにしてぇ~。お花はぁ~ユリはいやぁ~ん』
「女神祭の祭壇の飾り付けはユリの花なしで。供物は果物を中心で。貴金属はなしでいい」
『あ、いやぁ~ん、いやぁ~ん!キラキラもぉ~』
「あと、なんか適当にキラキラさせといて。魚の鱗とかで」
『もぉう~!ラフィのい・じ・わ・るぅ~~』
「女神様のご希望ですか……鱗はともかく、了解しました」
側近が、僕の指示をきちんと受け止めて、手配してくれる。優秀で本当に助かる。
僕はこの国の王太子だ。
この、うるさいのは、頭の中に直接話しかけてくる。周りには聞こえない。
この国を守護する女神だそうな。
幼い頃は、皆がそうなのだと思っていた。
母や乳母と同じように『ラフィ可愛いわね』『食べちゃいたいわ』『ほっぺ丸くて可愛い~うふふぅ~』と言うだけだったから。
ただ、いつもいつも休みなくうるさいな、とは思っていた。
なので、ある日、母に聞いたのだ。
あたまのこえがうるさくていやだ。ははうえはうるさくないの?と。
この子、ちょっと問題のある感じかしら?と思われて、こっそり神殿に連れていかれ、そこで女神の愛し子であることがわかったわけだ。
母は、長男の僕が愛し子だったことで、政治的な揉め事にならなくてよかった、と、安堵したらしい。
ちなみに、僕が愛し子になったことで、この国を守護する女神が『愛の女神』ではなく『愛欲の女神』であることが判明した。
神官長が「この国を守護する、愛の女神の愛し子です」と神託を下したところ、女神が『ちがうわぁ~。愛の女神じゃなくってぇ~。あ・い・よ・く、の、女神よぉ~ん』と、宣言したから。
僕の頭のなかで。
まだ幼かった僕は意味もわからずに「あいよくのめがみだっていってます」と、伝えた。
母も神官長も補佐の神官も。乳母も侍女も侍従も護衛騎士も。
その場にいたすべての人が、もれなく赤面していた。
国としては守護の女神が『愛欲』では体裁が悪すぎる、ということで、引き続き『愛の女神』として祀らせてもらえるようにお願いしたのが、幼き頃の僕だ。
もちろん母に言われてそう頼んだわけだが。
『いいわよ~ん、ラフィはそうしたいのよねぇ~ん』
と、快諾いただけたが、なんとも鬱陶しい話し方なので、その後は基本的に無視するようにしている。
何をどうしても脳内で女神が大絶賛しまくるので、僕はなかなかに自己肯定感が高めに育った。
失敗すると『出来ないのがこれまたダメな感じで可愛いわぁ~ん』等と言われるのは、やはり何かイライラするので、投げ出さずに努力することも出来た。
ちなみに、女神は基本的にはなにもしてくれない。
ただ、僕が可愛くて可愛くてかまい続けている、ってとこだ。
なにしろ『愛欲の女神』だ。
知性や武力には活かされない。
僕自身が何かを身に付けたければ自分で努力するしかない。
努力すれば、応援してくれる。
一人で素振りしようと、勉強をしようと、常に女神が全力応援してくれるのだ。
鬱陶しくとも、応援してくれるのはやはり嬉しいし、励みになる。
脳内私設応援団、てとこだ。かなりうるさいけど。
たまたま僕が王太子だから、国も平和で荒れない。
女神が『そのほうが愛欲に溺れるのに都合いいでしょぉ?』って言うから。
貴族も、数多の国民も、皆が口を揃えて「王太子が女神の愛し子なら安泰だ」という。
これが『豊穣』とか『知恵』とか『平和』とか『繁栄』とかなら、女神の愛し子で加護があれば、そりゃ安泰だろう。
でも『愛欲』だから。
ほとんどの人が『愛』だと思ってるけど、事実は『愛欲』だから。
うちも、王と王妃それぞれ一人だけなのに、僕と弟二人に姉妹の五人兄弟だし。
国の出生率も高め安定。
近隣諸国の偉い人たちからは、なぜか夜、盛り上がっちゃう国、と言われている。
「さすがは愛の女神が守護する国ですなぁ、わっはっは」
と、言われるが、まさに『愛欲』の女神が守護する国って感じで、こっちは笑うに笑えない。
ちなみに、婚約者は十歳の時に決まった。
かなり大がかりなお見合い的茶会が開かれ、女神様が『この子になさいなぁ~』と、言った子に決まった。
リリアンヌ・パマスという、1つ年下の侯爵家の長女だった。
名工の最高傑作のお人形、と言われても納得してしまうほどの美少女だった。長じた今は美女過ぎるほどの完璧美女だ。
時おりその美しさを讃えて「女神のようだ」と言われているが、そんなときは僕の脳内で『でっしょ~う、でっしょ~う』と本物が大騒ぎしている。
なんでも、女神様ご自身の考える『わたくし』に似ているらしい。
『あらぁ~。わたくしそっくりぃ~。この子になさいなぁ~、この子を慈しみなさいなぁ~、愛しなさいなぁ~、愛欲に溺れなさいなぁ~。たのしみだわぁ~』
とのご指示が、初対面の時に脳内で下された。
十歳になに言うの。
彼女を目の前にしてそう言われ、真っ赤になった僕は、母や周りから随分とからかわれた。
最悪な思い出だ。
いつも脳内で『うふぅ~ん』『あはぁ~ん』やられているせいで、僕はかなり感情が揺れないタイプに育った。
脳内の女神様に反応すると、女神様が大喜びだから。
まぁ、愛し子なので、無視しても『ツンなの、すてきぃ~。いつデレるのぉ~?』とか『いやぁ~ん、返事してぇ~。サービスたりなぁい』とかいつだって女神様は前向きだし、何をどうしても僕をかまいたいんだ。
目下の僕の悩みは、婚約者であるリリアンヌとの関係だ。
リリアンヌが学園を卒業したら、三ヶ月ほどの後の、雨の時期になる前の花の季節の終わりに、盛大な結婚式が執り行われることになっている。
あと一年を切った、といったところだろうか。
だというのに、僕らの間には未だに何とも言えない見えない距離がある。
リリアンヌは婚約者としては申し分ない。
9つの頃から未来の王太子妃として研鑽を積み、その身のこなしは淑女の鑑と称賛されるほどに。近隣諸国の言語や文化、政策にも通じ、当然国内のあらゆる分野についても勉強している。
僕も負けてられないと頑張っているが、リリアンヌは王太子妃、いずれは王妃となる立場に見合うようにと努力をしてくれた。
それはもちろんわかっているし、尊重している。
ただ。
僕と彼女の間にはいつまでたっても【適切な距離】が消えないままで、僕はそのことを悩んでいる。
『愛し子なのにねぇ~。ラフィは奥手ちゃんなのねぇ~。う~ん、お顔は悪くないわよぉ~。骨格もいいわぁ~。手足もすらっとしててぇ~。筋肉は、うん、これからが楽しみって感じよねぇ~。これからよぉ、大丈夫よぉ~。でもちょっと表情が硬いかしらねぇ~。硬派を気取ってるのぉ~?女の子は口説かなきゃぁ~。わたくしで練習してみなさいなぁ~?あぁ~ん、無視しちゃいやぁ~ん』
今日も今日とて女神は喧しい。
今日は月に一度のリリアンヌとのお茶会の日だ。
学業と結婚式の準備とに忙しいリリアンヌと、公務をしている僕との貴重な交流の時間だ。
だというのに、この女神は常にうるさい。
やれ、ドレスの褒め方が足りないだの、エスコートがぎこちないだの、落ち着いてお茶もできない。
その時、ひとつの考えが浮かんだ。
「今日のリリアンヌとのお茶会、ユリの花をあちこちに飾ってくれないか?こう、結界を張るように」
王太子付きの侍女に指示をする。
ちょっと急な頼みになってしまったが、午前中の今からなら間に合わせてくれるだろう。
「ユリの花ですか?季節外れなのでたくさんは用意できませんが……」
そうなのか!知らなかった。
「あ、無理を言ったな、すまない」
「温室に早咲きがいくらかあると思いますので。とり囲むほどにたくさんはご用意できませんが、多少はご用意できます」
「ありがとう、頼むよ」
『いやぁ~ん』なユリがあれば、あの女神も大人しくしていてくれるかもしれない。
あれこれうるさい女神がいなければ、僕も少しは落ち着いてお茶会に挑める。はずだ。
あの距離をどうにかするきっかけだけでも掴まねば。
今日もリリアンヌはひたすら美しかった。
クリーム色のドレスは刺繍の装飾だけの落ち着いたものだが、生地に光沢があって上品で高級感がある。
アクセサリーも小ぶりで控えめながら、彼女の瞳の色と同じ若葉色のいい石が使われている。
パマス侯爵家らしい、品のある質のいい装いだ。
「リリアンヌ嬢、今日も変わらず美しいね」
「とんでもございません。ラファエル殿下のお時間を頂きありがとうございます」
いつもならここで女神からあーだこーだと言われる。褒め方が足りないとか。
でも、この美しさをどう讃えたらいいの?女神のようだって?あの女神みたいだって?それ誉め言葉なのかな?って僕は思っちゃうから。
「今日は果物を使ったお菓子を用意したんだ。色がきれいだから、リリアンヌ嬢に喜んでもらえるかと思って」
「まぁ、ありがとうございます。楽しみですわ」
お茶会は実に順調に始まった。女神の声が聞こえないと、実に穏やかだ。
……そう、いつもと同じように、時間が過ぎていく。
リリアンヌはとても正しく【淑女】なので、穏やかな微笑みで朗らかに、当たり障りのない会話を続けてくれる。
お茶をお代わりして二杯飲み、用意したお菓子も楽しんでくれて。
学園で催されるバザーの準備をしている話や、僕が関わっている女神祭の話など。
互いの近況を伝えあい、二時間のお茶会が終了する。
いつもと同じ時間。
女神が脳内で騒がないだけの、いつもと変わらない、適切な距離のままの時間が終わった。
距離を縮めるきっかけも、やはりわからないままだ。
嫌われてはいない。たぶん。
たぶん、少しは好かれている、と、思う。
だからこそ、この距離から動けない。
情けないわねぇ~ってからかう声が、今は欲しくて仕方ない。
一歩を縮める術もわからず、王子らしい模範的な笑顔のまま、僕は途方にくれた。
リリアンヌが供の侍女を連れて部屋を出ていった。
彼女は今日はこのまま帰宅するらしい。
馬車寄せまで送ればよかったな、と、思い、彼女の座っていたソファを眺めると、そこに薄い小さな箱が置かれていた。
なんの飾り気もない箱だが、元々そこにあったものでは、もちろんない。
ならばリリアンヌの忘れ物だろうか。
今から追いかければすぐに追い付くだろう。
僕は忘れ物の箱を手に、廊下に出てリリアンヌを追った。
馬車寄せに続く外廊下の途中、今日リリアンヌが着ていたドレスの一部が目に入った。
あぁ、間に合ったな、と、近づくと、リリアンヌの声が聞こえてきた。
「今日も素敵すぎた!ちょっとお髪が乱れていらして。時おり何か困ったような表情なさって。それが色っぽくて。絵にして残したかった!なんでボタン外してたの?鎖骨見せてこないで!苦しいから!声も!声も優しいぃぃ!リリって呼んでぇぇ!でも呼ばれたらきっと倒れちゃう!もう、もう、ラフィ様がたっとくって!たっとくって!しんどい!はなぢがでちゃう!」
え?あれ、誰?
あの、完璧淑女のリリアンヌ?
柱の陰に隠れたそうにしてるのは、間違いなくリリアンヌだ。
ドレスのスカート部分が大きすぎて、どう頑張っても隠れられないが。
隣の侍女が「はい、はい」
とばかりにハンカチを手渡して、扇子を広げている。
顔を隠そうとしてるんだろう。気が利くいい侍女だ。
ところで、たっとくてって、なに?尊い?え?まぁ、王子だから、形式的には尊いけれど。
それに「ラフィ様」って呼んでるの?知らなかったよ。
『あはぁ~ん。リリィちゃん、馬車まで我慢できなかったのねぇ~ん』
ここにはユリの花がないから、女神様があはぁ~んって出てきちゃった。
え?我慢?どういうこと?
『ラフィ、知りたいなら聞かなきゃよぉ~。愛欲に溺れなさいなぁ~』
だから!やめてそれ!
でも、聞かなきゃなのは、うん、わかる。
「リリアンヌ嬢」
まるで、たった今追いつきました、みたいな顔で声をかける。
真っ赤な顔で涙目になってるリリアンヌが僕を見る。
え?泣いてるの?だからハンカチなの?
「ど、どうかしたの?どこか痛いの?」
いつだって穏やかな微笑みを浮かべているリリアンヌが真っ赤な顔で涙目なんて!
「これを……忘れたようだから……」
忘れ物の薄い箱を差し出すと、リリアンヌは更に顔を赤くした。耳まで真っ赤だ。
顔の半分を隠している扇子が、プルプル震えている。
リリアンヌは尋常ならざる様子なので、そばに控える侍女に箱を預ける。
「その……額に触れても?熱でも……」
そういってリリアンヌの柔らかそうな前髪に手を伸ばした時。
「もう無理もう無理もう無理もう無理もう無理もう無理もう無理もう無理もう無理」
驚きの早口で告げながら、リリアンヌが二歩後ろに下がった。
平石が敷かれた外廊下の脇は中庭へと続く径になっているが、その境目には小さな段差がある。
柱の陰に隠れようとしていたリリアンヌは、廊下のぎりきり隅に立っていた。
カツンと、靴のヒールが音をたてる。
二歩も後ずさりしたから段差に足を取られたのだろうか。彼女の身体がゆらりと揺れる。
「あぶない!」
僕は慌てて彼女の二の腕から背中にかけて腕を回し、自分の懐へと抱き寄せた。
こんなところで転んだら怪我してしまう。
リリアンヌが転ぶことなく、無事に抱き止められて安堵した。
胸に抱えたリリアンヌの様子をそっと伺うと、耳も、ちらりと見えたうなじも、真っ赤で大変なことになっていた。
「リリアンヌ嬢?大丈夫?」
僕の腕のなかにすっぽり収まってしまうリリアンヌ嬢の華奢さと、胸元から立ちのぼる甘い香りにクラクラしつつも、どうにか声をかける。自分の心臓がバクバクいってるのがわかる。
声が上ずらなくてよかった。
「も……むり…………」
真っ赤な顔でそう呟いたリリアンヌの身体から一気に力が抜け、僕は慌てて崩れていくその身体を両腕で抱き支えた。
*****
「どうしましょう、ぎゅってされてしまったわ、三回は死んでも生き返れるわ。ラフィ様のシトラスの香りが……わたくしの髪からもするわ、洗いたくないわ」
「お嬢様、身だしなみは整えないといけませんよ」
リリアンヌの侍女が冷静に諭す。
僕の香りがリリアンヌに移ったとか、なにそれ!ドキドキするんだけど!
「それに、重たくなかったかしら、お茶のお代わりとお菓子もたくさんいただいたから重かったわよね。ああん、忘れたくないけど忘れてほしいわぁー。ぎゅって、ぎゅって、いやん、思い出したら心臓がキュンキュン痛いわ、嬉しくて死んじゃう、わたくし」
この、めちゃくちゃしゃべってるの、ほんとにリリアンヌなの?
あはぁ~んの女神と変わらないくらい、よくわかんない勢いでしゃべってるね?それに死んじゃうの?大丈夫、元気だよね?
「あー……リリアンヌ嬢……リリアンヌ?ごめん、ずっとここにいた」
この部屋、寝台からだと扉の辺りが見えにくいんだね。あまり防犯上よくないね。家具の配置を見直そうね?
ばっ!と、激しい音がする。
……布団、被ったんだな。
侍女がさっと寝台の隅によける。
「リリアンヌ、そのままでいいから聞いて。まず、死んじゃ駄目だし、生き返れないから」
当たり前だが返事はない。
いいんだ、僕から距離を詰めるから。
「それに、少しも重くない。羽根より軽いってこんな感じかって思った。それに」
僕は物心ついたときからずーっと愛欲の女神に口説き文句を教わってきたようなものだ。
実践経験は皆無だが、イメトレは完璧すぎるほどに完璧だ。たぶん。
「ずっとぎゅっとしてたかった。ずっと。ドキドキしたし、なんかふわって、心が。今も。だから、忘れないから」
寝台のそばまでたどり着く。
布団が不自然なほどに山になってる。
リリアンヌが丸まっているんだろう。
「リリアンヌ?ねぇ、もう一回、ぎゅってしていい?させて?駄目じゃないよね?」
「そんなに一気に、もう、ほんとむりぃ……」
布団の山から可愛らしい嘆きが聞こえてくる。
「リリアンヌ?駄目なら駄目って言って」
「…………」
布団の山を、布団越しにそっと抱きかかえる。
と、その時。
『はぁ~い、ラフィ、そこまでよぉ~。それ以上の暴走は早いわぁ~。やめないと、もいじゃうわよぉ~』
ちょっと!何て事言うんだよ!
僕はパッと布団から身体を離した。両手は顔の高さに掌をあげて。悪いことはしていませんのポーズだ。
「ごめん、女神様に止められた……」
しばらくすると、リリアンヌが布団から少しだけ顔を出した。
目元が真っ赤になってて、少し涙目でうるうるしていて、めちゃくちゃ可愛い。
「愛し子様なのに……?」
「うーん、可愛さ余って、憎さ百倍、みたいな感じかな?」
リリアンヌはパッと目を見開いて、そして「ふふふ」と目元を弓形に細めて笑顔を見せてくれた。
「リリ、それは反則すぎるー」
もいじゃうと言われて触れられない僕は、自分の頭を抱えながらずるずると腰を落としてしゃがみこんだ。
『ラフィ、盛り上がってるのはわかるけど、いきなり【リリ】呼びは、ちょっとどうかしらぁ~。もっと恥じらいとときめきをぉ~。スパダリへの道は厳しいわよぉ~』
ずっと!ずっと静かだったのにいきなりうるさいの、なんなの?
『あらぁ~ん。なかなか頑張ってるわねぇ~って見守ってたのよぅ。リリィちゃんがちっとも渡せない箱も、わざと置いたのよぉ?ユリなんて平気よぉ~。いやぁ~ってだけよぉ』
なんだよ!ユリ平気なのかよ!準備してくれた皆さんに申し訳ない!
『廊下で抱きしめたのはとても良かったわぁ~。あそこでくるっと【柱ドン!】出来たら満点なんだけどぉ~う。額を触ろうとしたのは減点ねぇ。あそこは箱を渡しながらそっと指先に触れるくらいがいいのよぉ~。わかるぅ?』
もうやめて!採点とかダメだししないで!
「わたくし的には満点です……」
抱えていた頭を上げると、寝台には身体を起こしたリリアンヌが、真っ赤な顔でこちらを見ていて。
僕、口に出しちゃってたか。
「もっともっと頑張るよ」
僕がそう言うと、リリアンヌは両手で自分の頬をごゅっと押さえて、力一杯に目を閉じて。
リリアンヌがあまりにとても可愛くて、いとおしくて。
今、触れられないのは悔しいけど正解だと痛感した。
ゆっくり。
動き始めた距離は、ゆっくり縮めていこう。
「リリ。今度は一緒に町に出ようか。お忍びで、手をつないで」
二人で、二人の楽しい思い出をたくさん作ろう。
目を閉じたままの真っ赤な顔したリリアンヌが、何度も頷く。
心臓がキュンキュン痛い。これか!嬉しくて死んじゃうの、わかる!
『ラフィ~。これからもわたくしを楽しませてねぇ~。邪魔はしないわぁ~』
今!今が邪魔!この甘い痛みを味わわせて!堪能させて!
女神様の仰る『そっくり』は、内面的な話です。
九歳のリリアンヌは、人形のような完璧に美しい微笑みを浮かべつつ、脳内は『ラフィ様すてき、ラフィ様すてき。きゃー、ラフィ様ホントにすてきぃ』とやってました。
リリアンヌが超絶美少女なのは、たまたま。