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4. 高い机を囲んで

断罪回


 卒業式の後のダンスパーティー用の衣装はスザンヌの赤毛と熟れた体つきによく似合っていた。

 濃い色合いが髪の色や肌の美しさを引き立て、格式を感じさせるデザインが彼女の豊かな胸元も下品に見せず大人びた様子に仕上げている。


 絨毯のようだと思ったドレスの布地は見た目通りにかなりの重量で、靴も硬くて高くて、これでちゃんと踊れるのか不安になる。だが今日のパートナーはエデュアールのはずだから失敗は許されない。ルベールならつまずいても転んでも笑って助けてくれるけれど。


「準備ができたか」


 ノックもなく婚約者が入ってきた。

 着付けや化粧を終えた侯爵家のメイドたちがスザンヌから離れ、壁際に下がって頭を下げる。


「まあ、こんなに綺麗にしていただいて」

「お母さま」


 母親も来てくれたようだ。

 隣の男と目が合って、またジャン叔父さまなのねとスザンヌは思う。入学式も叔父だったから、卒業式も叔父なのかもしれない。父親は今日も忙しくしているのだろう。


「夫人。本日は、御当主は?」

「夫は領地ではずせない用事があり不在ですわ。エスコートには弟に来てもらいましたの。この子も叔父と親しくしておりますし」

「左様ですか」


 エデュアールはやや思案をめぐらす顔をした。


「ご紹介いただいても?」


「まあ、失礼しました。ジャンとは初めてでいらしたのね。エデュアール様、こちらはジャン=アンリ・ロストロール。わたくしの弟で王宮の書記をしております。ジャン、エデュアール・ガルシェラ・ディ・シュフォルバル卿へご挨拶を」


「ご紹介に与りましたロストロールにございます。若き鷹のご勇名は王宮におりましても聞こえており、お会いできて光栄です。スザンヌからは血縁上、母方の叔父となります。どうぞお見知りおきください」


「エデュアールだ。挨拶痛み入る」


 鷹揚に頷き、自分の侍従に目をやった。


 侍従は従僕たちに指示を出して瞬く間にテーブルを囲んだ座席を用意し、外に続く扉をきっちりと閉めたことを確認する。


 場の雰囲気に促されて席に着いたものの、スザンヌの母親と叔父は戸惑う顔をしていた。

 これから一時間もせずにパーティーが始まる時間で、準備会場にはすでに料理も酒もふんだんに並んで来客たちが会の開始前の雑談に勤しんでいるはずなのに、ここで腰を落ち着ける理由がない。


「スザンヌ嬢。あなたもこちらに」

「はい、エデュアール様」


 横長の机に、エデュアールの向かいに母親と叔父。

 スザンヌが座らされたのは余った二辺のうちの片方、いわゆるお誕生日席だ。


「ロストロール男爵家はご本家筋の方が継いでおいでだったか?」

「ええ、私たちの大叔父のトマが」

「卒業式なのでご夫君がお見えかと思っていたが」

「申し訳ございません。どうしても折り合いがつかず…、お許しくださいませ」


 説明済みの話に二度目の確認をされて、母親が怪訝さに顔がこわばるのを抑えて返答する。


「分かりました。必要な方には後日使いをやります。夫人とロストロール殿がおいでであれば当座の話はできますので」


 若者らしい、あるいは武人らしい生硬(せいこう)さでエデュアールは切り込んだ。


「なんのお話ですの……?」

「お話はこちらにまとめてきました」


 侍従が背後から書類の束を渡す。二部を取って母と叔父に渡した。

 それを開いて、二人は黙読を始める。

 青ざめた顔になるのは叔父の方が早かった。


「君も読むか?」


 婚約者から問われてスザンヌは瞬きする。

 難しい話をしている時に自分に話しかけられると考えていなかった。


「それは、何でしょうか」


「君のこの三年間の記録と、今後についての取り決めの書類だ」


 小首を傾ける。

 豪奢な髪飾りや耳飾りがしゃらりと涼やかな音を立てた。

 これをスザンヌが読んで何か分かるのか、何か変わるのか、分からなかった。

 大人たちは必死な顔で文字を読んでいる。


「エデュアール様、これは……ッ」

「お母さま…?」

「夫人」


 青い顔で肩を怒らせ何かを言い募ろうとしたスザンヌの母を鋭い一言が止める。母親は鞭の音を聞いたようにぴたりと動きを止めた。


「お話の前にすべて目通しを」


 ぐっと言葉を飲み、指示の通りに黙読へ戻る。隣でぶるぶると叔父が震えていた。

 エデュアールは視線をスザンヌに戻す。


「スザンヌ。君はこれから結婚についてどうなると考えている?」

「卒業したらシュフォルバル家の別邸に住まいをいただき、花呼びの月に結婚式をしていただくとお聞きしました」

「そうだな。その予定だ」

「はい」

「本当にそうなると思うか?」

「?」


 きょとんとスザンヌはエデュアールの炭のように黒い目を見つめ返し、戸惑いを感じながら「はい」と答えた。

 するとなぜか叔父が愕然とした顔をしてスザンヌを見た。いつもは少し眠たげな細い目なのに、今は茶碗のように大きくぎょろぎょろしている。


「ス……っ、ぐ…、ガルシェラ卿、スザンヌへの聞き取りをお許しいただけますでしょうか」


「構わん」


「スザンヌ……、ここには、お前が学園で何人かの令息と親しくしていたと書かれている。特にロシェ伯爵家のご次男とは贈り物を頻繁にいただき、二人きりで出かけたり、学園祭のダンスを共にするほどだったと。これは本当か?」


「はい、ジャン叔父様」


 答えると相手は絶句する。

 目はまん丸で、目玉がこぼれてしまいそうだ。


「それで、そのままガルシェラ卿と結婚するつもりだったのか……?」

「小さな伯爵家や子爵家との、学園内での子供のたわむれですわ! 後ろ暗いことはございません!」

「夫人。自分はあなたの発言を求めていない」

「何をおっしゃるのです!」

「もう一度言う。夫人。私はあなたに発言を求めない」


 軍人の冷たい目が明確な拒絶と敵意をはらんで相手を射抜く。

 その眼光の鋭さを真正面から受け止めてしまった女は、ひい、と、潰れたような悲鳴を上げ、ガタガタとその下で椅子が音を立てた。横から叔父が咄嗟に手を出し、握り潰しそうな勢いで彼女の手を掴んで立ち上がらないように押さえる。


「不作法をお許しください」

「以後は貴君が話をするように」

「承りまして」


 はっしと机すれすれまで一度頭を下げ、息を吐き、目の中に揺れる当惑を隠しきれないままに姪のスザンヌの方へ顔を向けた。


「スザンヌ」


「はい、叔父様」


「ああ、スザンヌ」


 素直過ぎる返答に叔父の顔がまた歪む。


「どう言ったらいいんだ。スザンヌ、お前は、その、たとえばの話だよ。仲の良かった男子生徒と結婚を考えたりはしなかったのかい」

「どうして…? ルベール様は婚約者の方がいらっしゃるわ」

「それが分かっていてどうして!」


 叫んでしまってから口を押さえる。

 姉の手を握っていない方の手を机の上で拳にして、ふうふうと何度か鼻で息をして気持ちを鎮める。


「私はエデュアール様と、ルベール様はシャロン様と結婚します。ルベール様たちはお友達です。お母さまのお言いつけどおり、肌に触れないようにしました。ルベール様は私の手に触れないように手袋を贈ってくれました」


 場にいる大人たちは思わずスザンヌの顔を見直した。

 唖然とする叔父と、記憶が刺激されて唇まで紫に青ざめる母親と、何か急に驚いた顔をした婚約者と。


「何を、何を言っているんだい、スザンヌ」


「手を触れないように、と、言ったか?」


 エデュアールが口を挟んだ。

 あまり彼の表情は変化が大きくないが、わずかばかり、道を間違えたと気付いた直後のような様子がある。


「はい、エデュアール様」


「肌を?」


「手袋は決して脱ぎませんでした。本当です」


「いや、自分が聞きたいのは」


 言いかけて、止まる。


「二年生までは、うまくクラスのお友達と交流できていたと思うのですが、三年生になって、ルベール様が私たちには距離が必要とおっしゃってからはあまりうまくできませんでした。申し訳ございません」


「なぜ……君は俺に今、何を謝罪している?」


「三年の交流が上手でありませんでした。クラスの方と交流するようにお命じだったのに」


 教師に習った通りの美しい姿勢で着座のまま静かに頭を下げる。しゃらりしゃらりと小粒のダイヤをふんだんに使った飾りが鳴った。

 棒を飲んだようにエデュアールは黙り込み、長すぎる時間が過ぎてからスザンヌがまだ頭を上げていないのに気付く。


「顔を、上げてくれ」


「もったいないお言葉です」


「本当に上げていい」


「はい」


 顔を上げてから伏せていた視線を戻すと、エデュアールの難しい顔はいつもに輪をかけて難しくなっている。


「ルベール様は私がうまく話せない時、困っていると助けてくれたのです。三年ではルベール様が離れていらして、私はルベール様とも他のお友達ともうまく交流できなくなりました。贈り物も少なくなって、お母さまを困らせてしまいました」


「っ」


「なんだって?」


 沈黙していた母親が肩を揺らし、その弟が目つきを厳しくする。エデュアールには動揺はなかった。


「どういう意味だい、スザンヌ」

「ジャン、やめて」

「夫人。自分は同じ忠告を三度はしません」

「………………」


「ルベール様の贈り物は我が家で買えるよりも高価だったので、よくお母さまがお持ちになりました」


「姉上、あなたは娘に婚約者以外から頻繁に贈答品が届くのを知っていて、対処を講じるどころか、それを当て込み、取り上げていたのか?」


「この子が一度も身につけていないものはもらっていないわ……」


 エデュアールを気にしてごくごく小さな声で放った言の葉は、言い訳というよりは拗ねたような響きでテーブルに落ちた。


「ロシェ家の支出による贈答品の一部が夫人の指示で金銭に換えられたことは我が家でも把握している」


「売却まで」


 爵位を持たぬ王宮官吏のジャン=アンリは両手で顔を覆ってうめく。


「お友達がほしかったんです。お母さまにお友達は良いものだとお聞きして、学園でいるうちにお友達を作るのは良いことだと教わって。うまくできたか分からないのですが、きっとルベール様は、結婚した後もダンスに誘ってくださると思うのです」


「スザンヌ、お前は……!」

「ロストロール殿、待たれよ。スザンヌ嬢、ルベール君が結婚した後も君をダンスに誘うとはどういう意味だ? 誰かがそのようなことを君に言ったのか」

「お母さまが」


 叫び出しそうになった母親の口を直接的にジャン=アンリが塞いだ。取り出してあったハンカチをその口に押し付けるという方法で。


「結婚した後にパーティーに行っても一人ぼっちでダンスのお相手がいないのは寂しいから、学園のうちにお友達を作るのは良いことだとおっしゃいました」


 絶句がその場を支配した。


 何が起きているのかよく分からないスザンヌの前で、永遠にも近い時間が沈黙のうちに過ぎ去る。


 深く、深く、エデュアールがため息を吐く。


「スザンヌ嬢。君は俺と結婚する。夫婦になる。そうしたら、夜会で踊るのは自分とだとは思っていただけなかったのか」


「エデュアール様と……?」


 不思議そうにスザンヌは聞き返した。


「想像したことが、ありません、でした。ええと、私はシュフォルバル侯爵家のためになるべくたくさん、なるべく魔力のある子を産むのが役目で、愛はいただけないとお聞きして、ええと、でも、ダンスはエデュアール様が踊っていただけるというお約束だったのでしょうか」


 分からなくて申し訳ありませんと彼女は身を縮める。

 彼女の家では両親は義務的に随伴し合うことはあっても、楽しみのために相手とダンスを踊るようなことはなかったので、夫婦が仲良くダンスパートナーとなるところを想像できなかったのである。


 エデュアールは握った拳で己の額を押さえる仕草をして目を伏せた。


 しばらくしてまぶたを開き、正面で俯き唇を噛んで怒りと恐れに震えている浮名の多い女性と、その横でなんとも言えない顔をしている三十がらみの平凡だが真っ当らしい男を視界に収める。


「スザンヌ嬢。後でもう少し話をしよう。今は君の叔父上と話を進めたい」

「はい。エデュアール様」


 スザンヌの返事を確認して。


「ロストロール殿」


 名を呼ばれたジャン=アンリは黙礼で応える。


「貴君にも十分に理解いただけたと思うが、我が家としては、スザンヌ嬢を通じてこのご婦人を家門に連なる者と扱うのはいささか問題だという考えだ」


 ご夫人からご婦人に変化した、微妙な言葉の綾。


「率直に言えば事前の調べではここまでとは考えていなかった部分もあるが、少なくとも、ご令嬢の情操教育の不備と、学園生活での周囲との過ごし方については、本人の素養もさることながらご母堂の責が大きいと判断している。


 ご婦人には婚姻に至らぬ婚約の段階でありながら社交の場や出入りの者に対しシュフォルバルの権威を(わたくし)するような言動が報告された。先ほどの贈答品の話は一例だが、金銭に執着して上級貴族の行動に相応しくない判断をする傾向も見られた。またこれらはその監督をするべきご夫君についても責任のあるものとする。


 シュフォルバルの要求はそこに記した通りで、主眼としては三点だ。


 ひとつ、ソルボワ子爵家の者は我が家門より与えたリグニット伯爵位をスザンヌ嬢の婚姻のための署名を除いて公的に使用することを禁ずる。なお爵位の剥奪は行わないが、シュフォルバルとの繋がりを吹聴するような行いが見られればその限りではない。ひとつ、スザンヌ嬢とソルボワ子爵家の家族の交流を制限する。原則として面談を年に二回程度までとし、面談時にはシュフォルバルの指定する人間を同席すること。慶弔や緊急時などでそれ以上を希望する場合は都度申し入れを行うこと。ひとつ、ソルボワ子爵領の街道事業における支援を二年間凍結する。二年後の凍結解除の要否は両者において話し合いを持つ。以上だ」


 つまり、突きつけられた話の要件は次の三つである。


 一、ソルボワ子爵家の人間はリグニットの伯爵位を使用しないこと。

 一、家族はスザンヌとの接触を控えること。

 一、シュフォルバル侯爵家からの財政支援を二年停止すること。


 ソルボワ子爵家とリグニット伯爵家。

 いつもスザンヌが話についていけなくなる名前だ。元々スザンヌの苗字はソルボワだったのに、エデュアールの結婚相手が子爵令嬢では格が低いからと領地と年金のない名誉だけのリグニットをくれたのだ。古い爵位にはこのような現在は名前だけになっているものもいくつかあるらしい。


 本当は別の伯爵家にスザンヌを養子に出し、養育もそちらで行う話が進んでいたのに、うまくやって爵位そのものを寄越してもらったのだと普段はあまり会わないスザンヌの父親が珍しく家で夕食を食べて上機嫌にしていた。母親も非常に嬉しそうに浮かれていたが、国の年金がないことには文句を言っていた。お金も領地も増えないなら名前だけ変わっても何が良いのか今でもスザンヌには分からない。


 家自体が功績などで陞爵したわけではないので名前についてはこちらから名乗れば眉を顰めたり鼻白む者も多い。かと言って必要があって与えられた爵位なので使わないでいるのも差し障りがある。

 相手を見て上手に名乗りの言葉を変えるように言われたが、様子を見て対応を変えるというのはスザンヌが最も苦手とすることの一つだ。出会う人の顔を見たところで、誰にどう名乗って良いか分かるわけがなかった。

 学生の間はスザンヌと呼んでくださいの言葉で押し切ったが、リグニットを名乗ってはいけないと決めてくれるならもっと早くそうして欲しかったくらいだ。ソルボワは元の名前だから覚え直す必要もなく口から出せるだろう。


「今ここで反駁されたいことはおありか」


「いいえ、私めには異を申し立てる利も義もございません。姪の三年間の許されざる行いと、それを導いたその親に対し、大変寛大なご処置と存じます。大切に承り、義兄にはこれを呑むようよくよく言い聞かせて参ります」


「巻き込むことになりご苦労をかける。子爵には、我が侯爵家の強い意向として通達の形でお伝えいただいて良い」


「はい。すみません、そう言っていただけると正直助かります」


 苦笑いで彼は言った。

 表情が崩れるとだいぶ若く見える。欲の強いソルボワ子爵にこの話を持っていくのも、これから大荒れとなるだろう姉の対処をさせるのも、苦労が多そうだが、あらかじめ書面に起こしておいたことが良い結果となった。最悪の場合はこれを読めと書類だけでも押し付ければ後はシュフォルバルとの直接交渉で済む。


「この部屋は今日の好きな時間まで利用いただいて良い。遅くなったが、私はスザンヌ嬢と共に祝賀会に向かう」


 ジャン=アンリは頷いて頭を下げた。

 茶の一杯すら供されない話し合いの場のあり方に、食卓のような高さのあるテーブルと椅子の座り心地の硬さに、姉夫妻が裁かれる立場であったことがよく見える。

 彼の姪のスザンヌはその書類机のような座席で、まったく姿勢を崩さず、背もたれも使わず背筋に棒を入れたかのようにまっすぐに座り続けていた。


 かわいそうな子だと胸が痛む。

 ここまでの欠落を抱えていたことを知らなかった。


 スザンヌは幼い頃から鈍い子供ではあった。

 特に言葉が遅いのは、不仲な両親と可能な年齢になり次第寮に出された男兄弟の中にあっては無理もないと思った。彼女はやや歳の離れた末の子で、上に三人いる兄たちには五、六歳までつけられていた乳母さえ一歳ほどではずされて、メイドも専任はおらず、手間を惜しんで外から鍵のかかる部屋に閉じ込められて育ったため圧倒的に人との会話の経験が少なかったのである。


 けれど、冷え切って孤独な家の中でも鬱屈したところを見せない優しくのんびりした性格と母親ゆずりの生まれついての美貌で、不幸せをうまくやり過ごす子供に見えた。貧乏な男爵家の余り物で王宮の事務仕事で禄を食むジャンには雲の上としか思われぬ侯爵家に縁付いて、どれほど強運かと思っていたほどなのに。


 どうしてここまで掛け違ったまま来させてしまったのか。

 入学式の日、その日のドレスを気分で変えるくらいの気安さで年齢を偽らせたと告げた母親の横、彼女がどんな表情をしていたか記憶がない。


 エデュアールが席を立ち、召使いがスザンヌの椅子を引くためにその背後へ歩み寄る。

 婚約者から差し伸べられた手を取り、作法に従って流麗な仕草で立ち上がり、謝意を示すため一度軽く膝をかがめてからエスコートの腕に触れてそっと体を寄せる。


 部屋を出る二人へとジャンは改めて深く頭を下げ、その姉はぶるぶると真っ白い形相で体を震わせ続けていた。




卒業式の後に渡される通知表には、保護者への評点が記されている。


本日中に最終話投稿予定です。

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ドストエフスキーの「白痴」を思い出しました。 善良ではあるが、知能が劣っっている故の行動で周りの人間を不幸にする。 結婚しても女主人にはなれない存在だと、小侯爵は判っていて結婚するのでしょうね。 無…
[一言] 前作でルベールのクズっぷりはハッキリしてたけど、ここまでとはw シャロン込みでの友好が築けてればあんな結末にはならなかっただろうに。 本当に『お友だち』で終わってそうで、それだけは安心出来…
[一言] 乳母も専属侍女も付けず、閉じ込め情操教育を放棄したまごうことなき虐待ですな。 マナー教育だけは叩き込まれたので所作は優れているけれど、幼児教育がされていないので知恵が未発達という残念令嬢。 …
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