壱ノ玖 二人の旅立ち
翌朝、まだ白みがかった空のもと、おじいさんとおばあさんからいくらかの弁当をもらい、フェノエレーゼは旅立ちました。
懐にはヒナが回収したものとフェノエレーゼのもとに残った羽で作った扇があります。
ほんの六枚とはいえ、もともとフェノエレーゼの妖力の欠片。
突風を起こすくらいのことならできます。
「それじゃあ笛之さん、ヒナのことをよろしく頼みます」
「ああ」
おじいさんとおばあさんは深々頭を下げます。
そっけない返事をするフェノエレーゼの後ろを、ちょこちょこと小走りでヒナが追いかけます。
「おじいちゃん、おばあちゃん、いってきまーす!」
いつまたここに戻るかもわからないのに、ヒナは無邪気に笑っておじいさんとおばあさん、そして見送りに来た村人たちに手を振ります。
ヒナの家の方から、丸くて茶色い毛玉が飛んできました。
「チチチチ」
「あ、雀ちゃんだ! あなたも行くの?」
『チッチッチッ。まってーなー。旦那、あっしも連れていってくださいな。このあたりの山はあっしの庭も同然。お役にたちますよって』
「いらん」
『そんなつれないこと言わないでくださいよ。旅は道連れ世は情けねぇっ。あっしが道連れなら人間から情けをかけてもらえるという、とうとい言葉でさ!』
「私の目線より高く飛べないくせによくそんな大層なことを言えたな」
ついていく気満々の雀は、フェノエレーゼが来るなと言っているのに、フェノエレーゼの肩に着地してふんぞり返ります。
ヒナにはこの雀のセリフの数々は『チチチチ』にしか聞こえていません。
実体を知らない方が幸せかもしれません。
ヒナは羨ましそうに目を輝かせて、フェノエレーゼのまわりを跳ねます。
「いいなー、フエノさんは雀ちゃんとお話できるの? 雀さんなんて言ってる?」
「自分が情けないとさ」
「へー。ところで、なさけってなに? お酒のいっしゅかしら」
説明するのが面倒なので、フェノエレーゼは聞こえないふりをしました。
わざと話を変えて伝達するフェノエレーゼに、雀が翼を目元にやって泣きだします。
『チチチチ、違いまさーー! 話をきいていやせんでしたね、旦那! あっしは……』
「やかましい! くそ、同行の願いなど聞き入れなければ良かった」
『そんなせっしょうなーー!』
そんなやり取りを話している間に、村はだんだんと小さくなり、やがて朝もやの向こうに消えていきました。
なんとも賑やかな一人と一羽を連れて、フェノエレーゼの長い旅はここからはじまったのです。
天狗ノ章 了