壱ノ陸 迷子のヒナ
それからすぐ、フェノエレーゼは雀の案内でヒナを探しに山に入りました。
「おい雀、本当にこっちで合っているのか」
『はいな。まちがいありませんで~。あ、そこ右でさ』
雀は太りすぎて高く飛べないと抜かし、フェノエレーゼの肩に乗って、偉そうに指示を出します。
雀がくちばしで示す先は、獣すら通るのをためらいそうなほど、うっそうと蔦が生い茂っています。
本当にヒナがこの先に行ったのか、フェノエレーゼは眉をひそめます。いくらこどものヒナでも、こんなところを好き好んで通るでしょうか。
ヒナを探してほしいというのが村人たちの願いなら、それを叶えれば呪いをとくことに一歩前進することにもなります。
そう自分に言い聞かせて、フェノエレーゼは村から借りてきた鉈をふって前を塞ぐ蔦を伐り、道を開きました。
進むごとに道は険しくなるのに、雀は歩くのも困難なこの先にいるのだと繰り返すのです。
人も獣も好まない道ですらない森の奥に行くなんて、妖怪かよほどの物好きくらいです。
雀が道案内するとフェノエレーゼが話したとき、信じてついてきたのはヒナのおじいさんとおばあさんだけでした。
信じろというのが無理かもしれません。
「それにしても笛之さんはふしぎなお人よの。まさか雀の声が聞こえるとは」
「ふん。私とて好きでこの丸いのの声を聞いているわけではない」
同じ妖怪だから嫌でも聞こえてしまうだけだと言うフェノエレーゼに、雀は羽を広げて下手な泣き真似をしました。
『うう、しくしく。何て冷たいおひと。つれないこといわんでくださいよ旦那~』
「冷たくて悪かったな」
山に入って一刻は経ったでしょうか。
何本めか、道を遮る蔦を切り落とすと、おばあさんが足元を見て声をあげました。
「ああ! これは、ヒナが大切にしている巾着じゃないか! ヒナはこの近くにいるってことかい。ヒナーー!」
おばあさんが落ち葉に埋もれた朱色の巾着袋を拾い、慈しむように両手で抱え込みます。
落としてからそんなに時間が経っていないようで汚れは特にありません。
ヒナの持ち物がここに落ちていたのなら、雀の言うことも間違いではないのでしょう。
フェノエレーゼたちはあたりを探ります。
「ヒナ! ヒナー! いたら返事しておくれー! じいちゃんとばあちゃんが来たぞーー!」
「ヒナー! どこにおるんじゃあ!」
山に住まう妖怪の仕業なら、それなりに妖気の残り香のようなものがあるはずです。
フェノエレーゼは肩に乗る雀のもの以外に妖怪の気配を感じ取れませんでした。
妖怪に連れ去られたわけではなさそうです。
「……いちゃーーぁぁーん」
おじいさんの声が届いたのでしょう。
風にのって、かすかにヒナの声が聞こえてきました。
「こっちだ」
風に導かれるまま、フェノエレーゼは藪の先に進み、ついにヒナを見つけました。
「おじいちゃん! おばあちゃん! へのえさんもー!」
声は足下から響いてきます。
なんと、ヒナは切り立った崖の中腹に飛び出た、一畳ほどの岩場に座り込んでいたのです。
大人何人分の高さがあるでしょう。ちょっとやそっとでは降りられません。
はるか下に流れる川は、おそらく村に続いている、フェノエレーゼが落ちたあの川でしょう。
へのへの言いながら手を振るヒナに、フェノエレーゼは怒鳴ります。
「誰がへのえだ小娘! 笛之だ。きちんと覚えろ!」
「笛之さん、そんなこと言ってる場合じゃ……とにかく綱か何か探してこねえと。すべり落ちたら死んでまうぞ」
落ちたら運が良くても大怪我であろう高さにおじいさんが青ざめて、必死にフェノエレーゼの袖をおさえます。
「綱など要らん。私は天狗。この程度の高さ、なんともない」
「ふ、笛之さん!」
おじいさんの制止を振り払い、フェノエレーゼは宙へ足を踏み出しました。