弐ノ漆 桜を救うすべ
ナギの前に立つフェノエレーゼはゆうぜんと扇で己をあおぎ、鼻をならします。
「ふん。この辺りは自分の庭だという言葉は出任せではなかったようだな、雀。少しはできるじゃないか。こうも早く桜のもとにたどり着けるとはな」
フェノエレーゼを追って、やぶの中から葉っぱまみれになったヒナと雀も飛び出してきました。
『チチチ。旦那ぁ、それはあっしをほめてるんですかぃ、それともけなしてるんですかい?』
「わぁ、本当にこっちが近道だったのね。丸ちゃんすごおい!」
今まさに桜木精を祓おうという場に思わぬ横やりが入り、ナギは焦ります。
「フエノさん、でしたね。貴女は村に向かったのではなかったのですか。なぜここに。その桜木精は人を襲う。このまま放っておくのは危ない……だから、そこを退いてください」
「断る。私は私の意思でしか動かぬ。人間の命令など聞くものか。……いや、よく見たら、純然たる人間とは言いがたいか」
赤い二つの瞳は、袖が破れ、あらわとなったナギの腕に注がれています。
半妖の証ともいえる鬼の腕に。
「純然たる人間でないからなんだと言うのです。おれは、師から受けた恩を返さなければならない。こんな化け物の腕を持ったおれを育ててくれた、恩人に、報いなければ」
この人も自分を半妖だからと笑うか。ナギは悔しさに唇をかみ、右手で左腕を掴みました。
襟に隠れていたオーサキが歯をむきだしにして、フェノエレーゼをいかくします。
『なによあんた! あたしの主様を悪く言ったら、あたしが許さないんだから!! 主様は、主様は立派な陰陽師になるんだから!』
「別に悪くいうつもりはない。お前が人間か妖怪か、そんなこと私にはどうでもいい。私は、あの村人たちが“咲かない桜は用済みだから伐る”と言う身勝手が許せないだけ」
その言葉に動揺したのは、ナギだけではありません。庇われた桜木精もまた、自分を伐らせないという者がいることに驚きを隠せませんでした。
これまでナギは、兄弟子たちからは人間になれない化け物と呼ばれ、妖怪からもまた人間の血が混じっているからと石を投げられてきました。
ナギがどんな存在でも構わないと、腕を見て動じなかったのは、フェノエレーゼが初めてでした。
敵対し、意見がぶつかっているのに、そのままでいいと言われたようで嬉しいと感じました。
「そうよ、フエノさんのいう通りよ。桜さんをきっちゃかわいそうよ。
私は花を見たいのに、あの村のおばあさんたちがみーんな、“もうごねんも咲いてないから咲くわけがない”って口を揃えて言うのよ。桜さんが聞いたら悲しむわ」
ヒナも桜木精のことを見えてはいなくても、桜が伐られるのは悲しいと訴えます。ナギの袖をひっぱります。
「お兄さん、お願い。昔おかあさんに聞いたわ。陰陽師って、雨を降らせたりいろんなおまじないもできるすごい人なんでしょ。桜さんが咲けるようにして」
「な……おれは、陰陽師を名乗れるほどの修練を積んだわけでは……。まじないなんて……っそうか、もしかしたら!」
フェノエレーゼとヒナ、二人の話を聞いたナギは、桜が咲くことのできなくなったある可能性に思いいたりました。
桜を救うことができるかもしれない、可能性に気づきました。