弐ノ陸 桜の嘆き
ナギは桜に巣くう悪しき妖怪を退治をするよう依頼されて、この村に来ました。
なのに、これはどうしたことだろう。
目の前に居るものを見て、ナギは困惑しました。
『あなたは誰。村の人じゃない。何でそんな恐ろしいものを持っているの』
桜には、十を数えたばかりの女の子のような姿の妖怪がついていました。
上半身は人のよう。波打つ長い黒髪は毛先にいくにつれて透過しています。
桜色の着物の袖から覗く手は木の枝。裾から下は桜の木と一体化しています。
桜木精。
木霊と似たような存在で、精がいるのは木が生きている証でもあります。
「これは桜木精……。村人どもめ。話が違うではないか。こいつを祓ったら木が枯れてしまう」
桜木精はナギの持つ妖怪祓いの札を目にして怯えています。
木の根元近くには大きく斧の跡がついていて、村人が伐ろうとしてつけたものだとわかりました。
『村のひとに依頼されてわたしを祓いに来たの? 私を伐ろうと言うの? 酷い!! どうして。どうして。花が咲いたころは、毎年、会いに来てくれたのに!』
桜木精の嘆く声に呼応して、ナギの足元から鋭い根がいく筋もつき出します。
地面からのびてきたつるくさが足を絡めとり、歩くこともままならなくなりました。
左の袂が裂け、半妖の腕があらわになります。
『あなたは妖怪? まさか、同じ妖怪までわたしを要らないと言うの? 咲かない桜に用はないって』
「待て、話を聞け! くそっ」
息つく間もなく次々襲ってくる根と枝を払いのけます。みそぎも、儀式の準備をする暇もありません。
苦肉の策として、従えている式神を喚びました。
「オーサキ! 桜木精を止めろ!」
『きゅい! ハイ、主様!』
ナギの襟元から細長い体に短い手足、ふさふさした尾を持つ白い獣が飛び出し、桜木精の腕に噛みつきました。
『きゃああああ!!』
甲高い悲鳴と共に、襲ってきていた枝と根が退きます。
「……ああそうか、村人が襲われたと言ったのもこういうことですね」
伐られたくないと願う桜が、自分を襲う斧から身を守るために。
妖怪が見えない、声も聞こえない村人たちには、木を伐ろうとしたら怪異が起こったようにしか見えないでしょう。
悪霊だの悪しき妖怪だの、勘違いされるのも無理はありません。
どんな理由であっても、村人たちは確かに“害”を与えられたのだから。
「ごくろうさま。戻りなさい、オーサキ」
『きゅい!』
一声哭いて、オーサキはもといたナギの襟のなかにかえりました。
桜木精は噛まれたところを抑えて泣きます。
『どうして。どうして』
依頼で祓いに来たのだから祓うしかない。
育ててくれた師のためにも、人に害なす妖怪を祓う。それが正しい。
このまま迷っている間に夜になれば桜木精の力が増し、ナギは押し負けるでしょう。わかっていても、ナギは迷います。
「このままやられるわけにはいかない」
意を決して祓いの札を構えると、一陣の強い風が吹き抜けました。
砂ぼこりが舞い、とっさに袖で目もとをおおいます。
「そこまでだ。ナギとやら。このままこいつを祓わせるわけにはいかない」
風が治まり目を開くと、夕日のなかでもわかる純白の髪のひとーーフェノエレーゼが桜木精を背にかばうようにして立ちはだかっていました。