弐ノ伍 枯れかけの桜
桜の花びらが舞う村は藁葺き屋根の家が数軒点在していて、ヒナのいた村より若者も多く、いくらか活気があるように見えます。
近くの家の縁側でひなたぼっこしていたおばあさんと、背の低いおばさんがフェノエレーゼたちに挨拶してきました。
「こんにちは。小さい子をつれた旅人とは珍しいねぇ。お嬢ちゃん、あの橋を渡って来るのは大変だったろう」
「うん。ぐらぐらしてこわかった!」
ものおじしないヒナは、にこにこ笑っておばさんに答えます。おばあさんは無表情を貫いているフェノエレーゼを見て、何度もまばたきします。
「あんた、まだ若いのに白髪なのかぇ。おらより白いなんて、どんげな苦労したんが。都にはあんたみたいな人もおるんかい?」
「たぶんな。そんなことどうでもいいが、ばあさん。この村に泊まれるところはないか」
ここが妖怪退治を依頼した村なら、自分が天狗だとばれたらろくなことが無さそうだと思い、フェノエレーゼは話をあわせました。
「ここに宿はないんでの、おらん家でよけりゃぁ泊まっていきなされ。わしと娘夫婦しかおらんでの、部屋はたぁんと余っておる」
「ほんと? わぁい。おばあさん、ありがとう!」
『めしめしめしめしー!』
ヒナが跳ねて喜びます。雀も、飯にありつけるとわかり陽気に歌います。
「あんたら、ここに来る途中、こってぇ古い橋があったじゃろ? 落ちたらあぶねぇすけ、あの木を伐って新しい橋を作ろうってことになったんじゃよ。なのに、悪いことばかり起こりおる」
「なんぞたたりか、悪い妖怪でも憑いとるんじゃないかって、村長が祓い人を呼んだんよ。なのに、来たのは頼りなさそうな男の子でねえ」
おばさんが指差した先、谷の対岸に大きな大きな桜の木がありました。
枝が大きくのび、谷を越えて村まで届きそうなほど。けれど花の一輪どころか葉の一枚もついていません。
それが桜の木だとわかったのは、村にも桜があったからです。
村の中に生える桜は対岸の木より小さい。それでもたくさんの花をつけて、今もフェノエレーゼとヒナの上に花びらの雨を降らせています。
「あの桜は花が咲かないのか?」
「そうさなぁ。ここ五年は、まともに花をつけん。だからもうだぁれもあすこにいって花見をせんのじゃよ。昔は、ばかきれいな花が咲いてたんだ」
おばあさんの話を聞き、ヒナは谷のギリギリまで行って、太い枝を興味深く見つめます。
「おばあさん、おばさん。わたし、あの桜の花見てみたい。本当にもう咲かないの? もしかしたら明日咲くかもしれないわ。伐っちゃかわいそうよ」
おばあさんが深くため息をついて首を横にふると、ヒナはフェノエレーゼに聞きました。
「フエノさんは、わかる? あの桜、ちゃんと咲くよね? だってあんなに大きくてきれいなんだもの」
「さあな……ちょっと出てくる。明日までには戻る。お前たちはばあさんのところにいろ。着いてくるなよ」
言いおいて、フェノエレーゼは来た道を戻ります。理由がわからず、ヒナも雀も慌てます。
「えええ! フエノさん、もうすぐ日がくれるのにどこ行くの?」
『チチチチ。どうするつもりです、旦那ぁ』
フェノエレーゼには見えていました。そしてきっと、同じく妖怪である雀にも。
村人が妖怪退治を依頼し、伐ろうとしている桜には、桜木精が宿っていたのです。
宿った精を祓えば、木は今度こそ枯れてしまう。
祓いの儀式が行われる前にナギを止める。
そのためにフェノエレーゼはいそぎました。