表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とべない天狗とひなの旅  作者: ちはやれいめい
結 㤅ノ章(アイノショウ)
144/145

拾参ノ玖 夢のあと、新しくはじまる旅路

 ヒナが歩き回れるまでに回復したので、フェノエレーゼはこれからのことを話すことにしました。

 雲一つない、よく晴れた空の下で、二人に向き合います。


「これまではずっと、私の望みのために付き合わせていたからな。礼として、お前たちの望みを叶えてやろう。何がいい? 私にできることに限られるが」


 礼をすると言いつつも、わがままさが垣間見える様子に、ナギは笑いをこらえます。

 ヒナは迷うことなく望みを口にします。


「わたし、みんなで旅をしたいな」


「旅なら今までじゅうぶんしてきただろう」


「これからも。たくさんいろんなところを見るの。楽しそうでしょ?」


 フェノエレーゼは目を見張りました。

 故郷に帰りたいでも、家族に会いたいでもなく、このまま三人で旅をしていたいという。


「……できることを叶えると言ったのは私だからな。いいだろう。さすがにこの姿では人里におりれないが、その間は(カラス)に戻っていよう」

 

 天狗の姿のまま人里に入れば、今回のようなことになるのは目に見えています。幸い烏の姿と天狗の姿をとれるので、烏でいればそこまで警戒はされないでしょう。


「フェノエレーゼさん。猿田彦命のところには、行かなくていいのですか? 以前、翼を取り戻したら殴りに行くと言っていましたが」


「サルタヒコを殴りにいくことなど、もうどうでもよくなった。長らく呪で縛られていたのに、解けてからもサルタヒコにとらわれるのは(しゃく)だからな。あいつの望みなんか、私の知ったことではない」


 穏やかに変わったようでいて、やはりフェノエレーゼの根っこはフェノエレーゼのようです。


「ナギは何を望む?」


 フェノエレーゼに問われて、ナギは微笑みながら答えます。


「いつかあなたが(つがい)をもちたいと思ったそのときに、まだおれが隣にいたなら、おれと共に生きてください」


 それは、ナギなりの求婚でした。

 人同士の貴族であるなら、三日夜通いの儀と呼ばれる方法をとります。恋文を交わしあったあと、男が三夜、女性のもとに夜這いする。

 ですが、ナギとフェノエレーゼは貴族ではないし、純然たる人でもありません。


 だからナギは文ではなく言葉にして願いました。生涯の伴侶、番にしてほしいと。


『きゅいいいいい! 妻君になるなんてだめ! 主様はあたしのなの! 白いのは下がってなさいよ!』


「そうだな。考えてもいい」


 ナギに命を捧げるオーサキは、二人が番になるなんて例え話でも嫌です。大泣きして訴えますが、フェノエレーゼは無視を決め込みます。

 番になっていいと思えるくらいには、ナギのことを気に入っていました。


「ナギお兄さん、つがいってなあに?」


 ヒナは難しいことがまだわからないので、ナギに聞きます。ナギはヒナにもわかるよう、かみくだいて説明します。


「番は、人で言うところの家族、夫婦ですよ」


「わかったわ! じゃあ、じゃあ、わたしも! わたしも、フエノさんのかぞくになる! わたしは娘かしら、それとも妹? そしたらみんなずっと一緒にいられるでしょ?」


 わかったと言いつつもまだ六才。婚姻(こんいん)だの恋愛感情だのを理解するようになるには、あと数年はかかるでしょう。


「七年後も同じことを言えたら考えてやる」 


「はーい。七年したらかぞくなのね。旅が忙しいからって忘れないでね、フエノさん。ナギお兄さんも覚えていてくれる?」


「……あんまりわかっていないようだな」


「いいんじゃないですか。ヒナさんらしくて」


 ヒナは七年先もこの三人で一緒に旅をしているつもりなようです。呆れるフェノエレーゼに、笑い返すナギ。


「そうと決まれば行きましょ。こんどはどの国に行くの?」


『チチチチィ! メシがうまいとこがいいでさ!』


『あたたかいねどこが、あるとこにゃ』


 聞かれてもいないのに答える雀とタビ。何を言っているか聞こえていないので、ヒナが首を傾げます。


「…………うまい飯とあたたかい寝床があるところ、だそうだ」


「なら、このまま海沿いを西に行きましょうか。尾張(おわり)から伊勢(いせ)紀伊(きい)、海を渡って阿波(あわ)。そのあたりは冬でも比較的温暖な気候だと聞き及んでます」


「あわ? ってごはんにはいっている(あわ)?」


『あわ、うまそうな名前の国でさ!』


「お前ら食いつくところがそこなのか」


 阿波ときいて色めき立つヒナと雀。


「ふふ。間違いではないですよ。阿波は粟の名産地で、国の名前を二文字に決める際に、そこから取って阿波となったらしいです」


『やっぱりそうでさ! あっしはすごいでさ!』


「黙ってろ雀」


 投げ飛ばされた雀が、弧を描いて草むらの向こうに消えていきます。ヒナが慌てて助けに行きます。


「ああああ! 丸ちゃーーーーん!」


「もうヒエでもアワでもなんでもいいから、行くぞ。西には何があるだろうな」


「何があっても、三人ならきっと大丈夫ですよ」


 歩き出すフェノエレーゼに、ナギも並びます。

 オーサキとタビもついてきて、雀を抱えたヒナも走ってきます。


「フエノさん、お兄さん。みてみて! 空に七色のはしがかかっているわ」


「虹ですか。こうしてみんなで見ると、一人で見るよりもきれいですね」


「そうかもな」


 虹を追いかけて走り出したヒナのあとを、二人がゆっくり歩いていきます。


 こうして、とべない天狗の旅は終わり、空飛ぶ天狗のあたらしい旅がはじまりした。


 三人の長い旅路は、どこまでもずっと、続いていきます。





 とべない天狗とひなの旅 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ