拾参ノ漆 追われる者
「そうか。まさかそのようなことになっていたとは。ご苦労だったな、オーサキ」
戻ってきたオーサキの口から報せをきいて、ナギはヒナのことをおもんばかります。
人同士であるからといって、理解し合えるとは限らない。そのことが悲しくなります。
家族を知らずに育ったナギにとっては、年の離れた妹のような存在になっていました。早く熱が下がってほしいし、元気に走り回っていてほしいと思います。
「まさか、村を襲ったあやかしとヒナさんの特徴が似ていたなんて。だからといって追い立てるのはあまりにもひどい」
『きゅい~。この子は何も悪くないのに』
『チチチ。どうするでさ、兄さん。別にところに逃げたほうが』
「ああ。そうだな。フェノエレーゼさんなら、場所を移してもおれたちの気配で追える。タビ、人の気配がしない方へ先導してくれ。おれはヒナさんを連れていく」
『わかったにゃ、あるじさま!』
ヒナを衣でくるみ、負担をかけないよう気をつけながら抱え上げます。
村からは離れているとはいえ、ここは人が隠れるのに適した場所だと、村の者ならば知っているでしょう。
ヒナは目に涙をためて謝ります。
「うう、ごめん、なさい、おにいさん。わたしの、せいで」
「ヒナさんのせいではありませんよ。さ、安全なところにいきましょう。フェノエレーゼさんももうすぐ戻りますから、少しだけ辛抱していてください」
タビがなるべく足場のいいところを選んで進み、ナギはそのあとを歩きます。森の不穏な空気を察知してか、雀や烏が騒いでいます。
『チチチ。鳥たちが、人間に、囲まれてると言ってるさ。先回り、されてる』
「え……」
鳥たちの警告を、雀が訳します。
ナギたちが逃げるのを見越した上で、包囲網を敷いたのでしょう。
先を行っていたタビがかけ戻ってきます。
『あるじさま、たいへん。どっちに行っても、人間がいる』
背後から人の気配が迫る。前の分岐した道も塞がれた。
ならば、と道なき獣道にそれます。
どこまで行けば安全なのか、誰にもわかりません。
わかるのは、村の人はけっしてナギたちを受け入れないのだということだけです。
行き着いた先は、行き止まりでした。
断崖絶壁。底が見えないほどの谷です。落ちたら生きてはいられないでしょう。
背後に、農具を武器として振り上げる村人たちが迫ってくるのが見えます。
フェノエレーゼに任せてくれと言っておいて、このざま。せめてフェノエレーゼが戻るまで持ちこたえないと。ナギは村人たちに懇願します。
「頼むから話を聞いてくれ。この子はただの人間だ。妖怪じゃない。熱を出して苦しんでいるんだ。休ませないと」
「あかん! 病だえらいだなんて嘘にきまっておる! とっととこの地から去れ!」
「鬼の腕を持つ化物め!」
『きゅいい!! やめて、お願い! 主様とその子に手を出さないで!』
『あるじさま!』
大勢に追われ、ナギはじりじり下がります。
タビに命令すれば村人を力ずくで退けられます。
けれどそれをしてしまえば、ほんとうに村を襲う者に成り下がってしまうので、口を閉ざすしかありませんでした。
石やりで突かれ、後ずさった足場が崩れました。
「しまった!」
ナギの体は、ヒナを抱えたまま落ちていく。
崖上では村人たちが歓声をあげます。
「妖怪を退治した。わしらは悪しきものから村を救ったんだに!」