拾参ノ陸 村人たちは決起する
フェノエレーゼが薬を取りに行っている頃、オーサキが三河の村の様子を探っていました。
村人たちが膝を突き合わせて話し合っているところにこっそりと近づいて、草むらのなかから盗み聞きします。
「馬魔を連れてくるなんて、とんでもねえ奴らだ。隣のがれも、馬をわやにされたばかりだがん」
「全くだがや。村に入って何しでかすかわからん。病だと言ってわしらを担ぐつもりじゃろう。もしほんとうにアレが人で病だとしても、移されたらかなわん。わしらの村にある薬は無限ではないのだ」
「そーだに。それに、さっき空を白い天狗が飛んでいくのを見た。あいつらが逃げた、あっこの森からだ」
「また妖怪が悪さをするんか。若いのがぼってったから、何かされる前にこちらからいごくに」
白い天狗が飛んでいた、きっとフェノエレーゼは薬を探しに行ったのです。オーサキは、今のフェノエレーゼならそうするだろうと思いました。
そして、この土地の言葉はよくわからないけれど、村人たちが何かをするために決起していることだけは理解できます。
若者も老人も、みんな険しい顔をしています。
何をするつもりなのか、じっと話を聞いていると、このあたりに住んでいるらしい野生のオサキギツネが木の上から降りてきました。
『おや珍しい。このあたりでは見ない顔だね』
『まあね。アタシは主様の式神やってるから、ひとところには留まらないの。この村の人たちは何をこんなに怯えているの? アナタなにか知ってる?』
自分よりひとまわり大きなオサキギツネの子に、村のことを聞きます。
『馬魔のことかい?』
『きゅいきゅい! それよ、馬魔って何。うちの小さい子がそれと間違われて、追い立てられちゃったのよ。アタシたちは薬をもらいたかっただけなのに』
ヒナは確かに人間なのに、村人たちは妖怪だと思いこんで助けてくれない。人間に言葉を届けることができないことが、オーサキはもどかしくてしかたありません。
『かわいそうだけど、薬のことはあきらめて逃げたほうがいいよ。人間たちは、妖怪がまた襲ってくると言っているわ。やられる前にこちらから追い立てるって』
『きゅい。そんな! 追い立てるって、まさか。このままじゃ主様が、おちびちゃんが、あぶない!』
村の男たちが手に手にクワやナタを持って、森に入っていきます。中には火のついた松明を持つ者もいます。
ナギたちが隠れた地に火を放つつもりなのかもしれません。
一刻も早くナギのもとに戻り、ヒナを連れて逃げるよう伝えないと。オーサキははじかれるように走り出しました。
『どうしてよ。あの子は何も悪いことしてないのに、どうして。逃げて、主様、主様ぁーーーー!!』