表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とべない天狗とひなの旅  作者: ちはやれいめい
結 㤅ノ章(アイノショウ)
140/145

拾参ノ伍 安永とフェノエレーゼ、一時休戦

 翼を取り戻したフェノエレーゼは、安永の庵に降り立ちました。

 冬囲いを施された庭木、屋根の下にも雪よけの板がはられています。


 まだフェノエレーゼが烏だった頃の森の面影はみじんもなくて、胸が痛みます。


 フェノエレーゼの来訪に気づき、政信が庵から出てきました。両手を広げて飛びつこうとしてきたので、額に扇を叩き込みます。


「ああああぁフェノエレーゼさん! もしやワタクシの想いに応えてくれる気に────」


「くだらんこと言ってないでお前の師を出せ。ヒナが熱を出して倒れたんだ。解熱の薬が欲しい」


 政信の求愛を無視して、要件だけ伝えます。ヒナが熱を出している。それを聞いて、政信も居住まいを正しました。

 すぐに安永のもとに案内してくれます。


 政信についていった先は書庫でした。

 山のように積まれた巻物の真ん中で、安永は広げた巻物を読んでいました。


 政信の後ろにいるフェノエレーゼに気づくと、眉を寄せます。


「……呪が解けたのか。あと十年はかかるだろうと思っていたが、外れたな。それで、何の用だ。ナギは一緒ではないのか」


「ヒナが熱を出して倒れたんだ。お前なら解熱薬も調薬できるだろう」


 唐突な頼みに、安永は怪訝そうに首を傾けます。


「何もお前がここまで来ずとも、近くに村があるだろうに。そこに行けば医師も居よう」 


「……近くに三河の村があったんだが、村人たちは“馬魔なんか助けない”と激高して。話をまともに聞いてくれる様子ではなかった」


 思い出しても腹が立ち、フェノエレーゼは舌打ちしてしまいます。政信はヒナが追われた理由に思い至ったようで、口を挟みます。


馬魔(ギバ)というのは、赤い衣をまとう女の妖怪です。人間には害がないが、馬に穴を開けて殺してしまうのです」


「どうりで、厩があるのに馬がいないわけだ」


「ヒナさんは赤い着物を着ていて、しかも童女だ。村人たちは、姿形が似ているから馬魔に違いないと思い込んだ。彼らは、商売道具である馬を台無しにされたから恨みも深いのでしょう」


 恨む相手に似ているだけで、人間の童女にすら石を投げる。なんと身勝手なのだろうか。フェノエレーゼはやるせない思いで拳を固めます。


「ヒナはただの無力な(わらわ)なのに。なぜヒナが馬魔だなんて言われなければならない」


 うつむくフェノエレーゼの横顔に、安永は問いかけます。


「笛之絵麗世命。お前は、その村人たちを殺したいと思うか? 村人たちはヒナを迫害して見殺しにしようとしている。恨むか?」


「奴らのことなどどうでもいい。今はヒナの薬が必要、それだけだ」


 一瞬の迷いもなく返された答えを聞いて、安永は巻物を結び腰を上げました。


「いいだろう。ここで待て。今のお前の心根に免じて、解熱薬を調合してやる。お前のことは嫌いだが、あの娘は無関係だからな」


「……私もお前のことは嫌いだが、今回だけは恩に着る」


 互いに顔を見合わせ、不服そうに眉根をゆがめます。

 一時休戦、といったところでしょうか。

 フェノエレーゼも安永も、互いのことは嫌いでも、ヒナの命がかかっているときに意地をはったりはしませんでした。


 半刻ほどして、薬を作った安永が戻ってきました。

 小さな巾着袋に調合した丸薬を入れて、フェノエレーゼに託します。


「一日二回。白湯か水で飲ませろ。二日もすれば平常に戻るはずだ」


「わかった」


 薬を手に、フェノエレーゼは空へ飛び立ちます。

 すぐに行くから、あと少し、あと少しだけ我慢してくれ。薬の入った巾着袋を握りしめて、フェノエレーゼは三河へ急ぎました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ