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とべない天狗とひなの旅  作者: ちはやれいめい
結 㤅ノ章(アイノショウ)
139/145

拾参ノ肆 愛の心

 フェノエレーゼが安永のもとに飛んで薬の調合を頼むしかない。そう言われ、フェノエレーゼは迷わず答えました。


「わかった。あいつのことが嫌いだと言っている場合ではない。あいつに頼るしかないなら、行く。そこの村にもう一度行くよりは建設的だろう」


「術が師匠の庵から帰路まで持つ保証はできません。それでも、いいですか」


 確かめるナギに、フェノエレーゼはうなずきます。


『チチチチ、ほんとうにあの陰陽師さんのとこに着けるでさ? これまで四半刻も持った試しがないでさ』


 ナギとの契約で翼を戻す、それは雀の言うようにほんの一時的で、長くは持ちません。

 いつもなら止に入るヒナが熱でずっとうなされているので、雀は言葉を選びません。


「ケンカを売っているのか雀」


『チチィ! ケンカでなくて、事実でさ! 途中で落ちたら、旦那はケガ程度で済むけど、嬢ちゃんは薬がないと危ないっさ!!』


「黙れ。今の私ではあやかしの里に渡れない。渡れたとしても、呪を完全に解けとサルタヒコに言いに行く間なんてないんだ。無理だろうとなんだろうと、今ある方法を試すしかない」


 普段なら苛立ち殴り飛ばすところですが、フェノエレーゼは淡々と返します。ただ、ヒナを助けなければならない、その一心でした。


笛之絵麗世命フェノエレーゼノミコト、我に仕えよ。我が名はナギ。ここに主従の(くさび)を結ぶ」


「我、笛之絵麗世命フェノエレーゼノミコト。其方にこの(いのち)預けよう」


 ナギが己の指先を切り、フェノエレーゼがその血を口に含む。


 光に包まれ、フェノエレーゼの背中から空に向かってのびる一対の白い翼が現れます。


「必ず戻る。それまで、持ちこたえろ。……任せたぞ、ナギ」


「はい。フェノエレーゼさんが薬を持って戻ること、信じています」


 うなされるヒナに一声かけ、フェノエレーゼは大空へと飛び立ちました。



 色づいた木の葉もほとんど散ってしまった山々を見下ろして、空をかけます。

 土浦家の庵がある森を目指して北上しました。二百余年前にフェノエレーゼの家族がいた森、今は安永が治める森。


 あと少し、というとき背中に激痛を覚え、フェノエレーゼは唇をかみました。背に幾度も刃物を突き立てるような痛みが押し寄せます。


 これまでのときと同じ、ナギがくれたかりそめの術が、呪に蝕まれる。

 翼が消えそうになり、フェノエレーゼはそれでも翼を動かしました。


 無情にも翼は霧となって消え、フェノエレーゼの体は大地へと落ちていきます。


「そんな、まだ」


 二百年、ずっと、復讐のために飛んできた。人間を滅ぼすために生きていました。

 誰も必要とせず、ただ心を憎しみで満たして飛んでいました。


 けれどフェノエレーゼは今、ヒナを助けるために、翼がほしいと心から願いました。

 フェノエレーゼの手助けをしたいと言ってついてきた、無垢な幼子のために。


 フェノエレーゼが地に落ちたとき、足を折ったとき、絡新婦に捕らわれたとき。

 ヒナはいつだって、フェノエレーゼを助けようと手を差し伸べて来ました。


 そしてナギも。

 はじめは反発しあいましたが、今は背中を託せる相手です。

 共に旅をするようになり、過去の罪を悔いるなら償ってほしいと、フェノエレーゼ自身を見てくれるようになりました。

 ナギの存在もまた、フェノエレーゼにはかけがえのないものになっていました。


 今でも家族を奪った人間のことは許せないし、すべての人間を好きになることはできない。けれど、ヒナとナギのことは信じてそばにいたいと思いました。



 とべない天狗とひなの旅がはじまらなければ、ヒナの同行を許さずただ一人で旅をしていたなら、このかりそめの翼すら得られなかった。


 森の中に落ちて、背中を刺すような痛みにおそわれても、フェノエレーゼは真っ直ぐに空を見上げ、翼が欲しいと願いました。


「サルタヒコの呪なんて知ったことか。私はもう、とべない天狗なんかじゃない!」


 太陽に負けないほどの光がほとばしり、フェノエレーゼの体を蝕んでいた呪が消滅しました。


 そして背中から、フェノエレーゼの本来の翼が広がります。真白で大きな翼が。


 一瞬、起きたことが信じられなくて目を見張りましたが、フェノエレーゼはすぐ翼に力を込め、再び空に舞い上がりました。


 必ず薬を持って戻る、約束を果たすために。

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