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とべない天狗とひなの旅  作者: ちはやれいめい
拾弐 晴明塚ノ章
135/145

閑話 その頃の安永と政信

 冬が近づいているので、庵や庭木に冬囲(ふゆがこ)いをしている真っ最中です。


 冬囲いとは、縄や(わら)、板で家屋や木を固定して、雪の重みによる倒壊を防ぐものです。相当の力仕事なので、男手が必須。


 近くの村から呼んだ男衆にまじり、政信も松の枝に縄をくくりつけるのにやっきになっています。

 術の行使は得意でも、肉体労働は不得手なのです。例年ならナギがやっていたのですが、今は修練の旅で不在。

 自ずと役目は政信にまわってきます。


「おお、精が出るな」


 空から聞こえた声に、男たちは天を見上げます。

 風に乗り(いおり)に入ってきたのは、人の形に切られた紙でした。

 紙は狐の耳と尾をはやした青年の姿にかわります。


 青年は庵にいた安永の前に降りると、床に膝をついて頭を垂れました。


「庵の主、土浦安永殿とお見受けする。此度(こたび)は晴明様がこちらの弟子であるナギ殿に世話になったので、葛ノ葉めがご挨拶にうかがいました」


「せいめい? まさか、安倍晴明(あべのせいめい)様の式神? ナギがどうしたのです?」


 何ごとかと焦る安永に、葛ノ葉はここに来た理由を語ります。

 遠江国にある晴明塚の石の盗難と転売があったこと。

 ナギがそれを目撃し、犯人を止めるため動いてくれたこと。


「本来なら直接伺って礼を言うのが筋だが、儂はもう長旅をできぬゆえ、かわりに式神が伝令をするのを許してほしい……と言伝(ことづて)をいただいております」


「ナギは義を重んじる気質ゆえ、見過せなかったのだろう。こちらも、はからずも弟子の近況を知ることができた。礼を言おう。安倍晴明様にもお伝え願えるか」


御意(ぎょい)のままに」


 葛ノ葉は紙に戻ると、また風に乗って空に消えていきました。話し終えるのを待っていた政信が、安永に尋ねます。


「ナギがどうかしたのですか」


「なに。あれもうまくやっているな。旅のさなか、安倍晴明様のお世話になったそうだ。そうそう巡り会える相手ではあるまいに」


「そんな……。フェノエレーゼさんと旅をともにしているだけでも羨ましいというのに、よもや安倍晴明様にまでお会いできるなどけしからんやつだ。わたくしが旅に出ていればよかった」


 欲がだだ漏れの弟子のボヤきに、安永は肩を落とします。もう少し修練に意欲が出てくるといいのだが。


「お前の今の役目は天狗と旅をすることではなく、冬囲いをすることだ。わかっておろう。冬囲いは式神にはできん」


 ため息まじりに言いきかせられ、政信は「言ってみただけです」と無念な様子を隠さず言います。


「今遠江にいるということは、そこからまた西に向かうのでしょうね。となると三河か尾張か……」


「ああ。あそこは夏に妖怪の被害が相次いでいたはず。陰陽寮(おんみょうりょう)の者たちが解決したとは聞いているが、また被害をもたらした妖怪が戻ってこないとも限らん。用心するよう文だけでも送っておこうか」


 思案する安永に、政信は素早く手を上げて申し出ます。


「でしたらわたくしの黒羽(しき)を遣わせましょう! ついでにフェノエレーゼさんへの恋文を託して……フフフ」


「文を書くのはお前の勝手だが、一度落ち着いてよく考えてみろ」


 弟子が二人フェノエレーゼに熱を上げているというのはどういうことか、安永は頭の痛い思いです。

 とかく政信は以前空を飛んでいるフェノエレーゼを見て一目惚れしたようで、天女や女神を崇めるかのごとくです。


 あやかしであるフェノエレーゼは、たぶん文字を読み書きできないとは、安永はあえて口にしません。

 恋の熱に浮かされてそこに思い至らないあたり、政信はまだまだ修行が足りないのでしょう。


 冬囲いが終わったら、頭を冷やさせるため滝行でもさせようかと半ば本気で考える安永でした。



 閑話 その頃、安永と政信 了

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