十二ノ玖 呪を解くための答え
フェノエレーゼたちは安倍晴明に見送られ、次なる地へと向かいます。
ヒナは市で買った干し魚や柿を詰めた風呂敷をせおって、やる気まんまんです。雀がよだれをたらしてヒナのせおう風呂敷を狙うのもいつものこと。
フェノエレーゼがわしづかみにして止めます。
ナギは知らぬ者はいない高名な陰陽師を前にして、恐縮しきりです。
「おれたちが言い出したことなのに、貴方様のお手をわずらわせてしまってすみません。ありがとうございました、晴明様」
「いいや。こちらこそ、儂の名が悪用されているのを止めてくれてありがとうな。せめてもの礼じゃ。そなたたちの願いを一つ、叶えよう。儂にできる範囲でだが」
晴明の申し出は願ってもないことでした。
フェノエレーゼは首元にかかる髪を持ち上げ、己に刻まれた呪の紋様を見せます。
昨年の春、呪をかけられた当初はほぼ全身にあった呪ですが、まだ首から背中にかけて、うっすらと残っているのです。
「ならば、これを解くことはできるか?」
晴明はフェノエレーゼの首元を見て、首を左右に振ります。
「……安倍晴明は人間の中で最も名高い陰陽師だったな。その陰陽師でも、私にかけられた呪は解けないというのか?」
翼を取り戻せるかもしれない、僅かにあった期待が裏切られてしまいました。安倍晴明ですら解けないような難解な呪をかけたサルタヒコに対して、あらためて憤ります。
「落ち着け。そうではない。お前さんにかけられた呪は解けかけておる。あとはお前さんの心しだいじゃ。翼が戻らないのは、己が感じた変化を、心で否定しているからだ」
「は? 何を意味のわからんことを。もっとわかりやすく言え」
要点をぼかしたまだるっこしい物言いに、フェノエレーゼは不快感をむきだしにする。晴明は幼子に道筋を教えるかのように、フェノエレーゼを諭します。
占を得意とする晴明には、フェノエレーゼが翼を取り戻す未来が視えていました。
翼を取り戻すのに必要な最後のひと押しは、他の何者にもできない事も。
「儂よりも長く生きているというのに、気が短いの。よいか、フェノエレーゼ殿。答えだけを教わることは、真にお主が理解したことにはならん。自身で解決しなされ」
「そうだ。晴明様の仰るとおりだ。晴明様を煩わせるでない!」
晴明の後ろに控えている葛ノ葉が、虎の威を借るなんとやらで高ぶった態度をとります。
「紙の狐。お前が偉いわけではないだろう」
「お主こそ、晴明様に教示していただくほまれをなんとする。せっかくお言葉をいただいたのにその態度……」
一触即発な二人を止めたのは、話の渦中の晴明でした。
「止めよ、空木。口を挟む許可を出してはおらんぞ」
「う……。申し訳ありません、晴明様。出過ぎた真似をしました」
晴明が空木と呼んだならそれが彼の式神としての名でしょう。葛ノ葉改め空木はひらりと紙に戻り、晴明の手の中に収まります。
「キツネのお兄さんはくずのはさんじゃなかったの?」
ヒナに聞かれて、フェノエレーゼが代わりに答えました。
「主以外に名を呼ばれたくないと言っていたからな。葛ノ葉は偽名だろ」
「ああ。コヤツに悪気はないのだ。偽りの名を名乗ったことは許してやってくれ」
フェノエレーゼとて、人里を歩くときは笛之と仮の名を名乗っているので、咎めるようなことはしません。
『あるじさま、あるじさま。早くいこう。日が暮れちゃう』
『きゅい~。主様のお話の邪魔をしてはだめよ、タビ』
待ちきれなくて尻尾をぶんぶん振り回すタビ。ナギはくすりと笑い、晴明にもう一度頭を下げます。
「それでは、晴明様。おれたちはこれで失礼します。お世話になりました」
「またね、おじいちゃん!」
「一応、礼は言っておこう」
三者三様、別れの言葉を口にして、三人は旅立ちます。
木の葉の降り積もった道を、生まれた地も育ちも種族も違う者が連れ立って歩く。
人もあやかしも関係なく。
彼らのような者がいるなら、この国の未来は明るいのだろうと、晴明は穏やかな気持ちで見送りました。
拾弐 晴明塚の章 了