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とべない天狗とひなの旅  作者: ちはやれいめい
拾弐 晴明塚ノ章
133/145

十二ノ捌 安倍晴明、石盗人と対峙す

 フェノエレーゼたちが現場に行くと、兄弟たちはまだ大喧嘩の真っ最中でした。

 顔に青あざをつくっていて、怒りに任せて拳をふりあげる。


 町をとり仕切る検非違使(けびいし)の大男が、掴み合う兄弟を力任せに引き剥がします。


「ええい、お前たちこんな往来で何をやっている! やめんか! 場合によってはお縄にするぞ!」


「止めてくれるな! 兄者が売り上げをくすねたんだ!

縄をかけるなら兄者にしてくれ!」


「何を言う! おれはくすねてなどいない! 弟の方がちょろまかしたんだ!」


 どちらも相手が悪いのだと言ってきかず、検非違使は一喝(いっかつ)します。


「まずは黙れ。なぜケンカをしていた。事情を一から順をおって話せ」


「ええと……そ、それは……」


 弟は口ごもりました。事情を話すということは、晴明塚から盗んだ石を売っていたところから説明しなくてはなりません。


 兄はどうせ証拠を出せなんていわれない、バレやしないとふんで嘘を上塗ります。手をもみもみ、検非違使に卑屈な笑顔で話します。


「そう怖い顔をしないでくだせえ。俺たち兄弟は、かの陰陽師安倍晴明様が病よけの術をかけてくだすった、お守り石を売っていたんで」


「お前たちのため、この石ころに安倍晴明様が術をかけた? それはまことか?」


「へへへへ。そうでございます。安倍晴明様が直々に、俺たちの頼みをきいてくだすったのです。その売り上げを弟がくすねましてね。かわりに袋に落ち葉を詰め込んでいたものだから、おれぁ頭に来ちまったんです」


 あたりにいた野次馬も、本当にあの安倍晴明様の石なのかとざわつき、背伸びして兄弟たちの前に積まれた石を見ます。


 検非違使の横にいるお爺にも愛想笑いで、「あんたさっき石を買ってくれていたよな? さっきの石効いたろう? 娘さんの病気、良くなったんじゃないかい?」とまくしたてます。


 兄の嘘を信じて色めき立つ民衆とは反対に、検非違使は疑り深い眼で相づちをうちます。

 長年罪人をとらえる仕事をしてきた検非違使には、この兄が我が身可愛さの嘘を言っているようにしか見えません。


 なので、安倍晴明ご本人からも事情を聞くことにしました。


「だ、そうです。晴明様。こやつの話はまことでしょうか。石にまじないをかけて、売る許可を出したのですか」


「まことなものか。嘘も大嘘。こやつらが売っておったのは、儂が津波を止めるために祈祷した塚の石。盗み出したものだ。本当に儂が術をかけてやったのなら、儂相手に“晴明様直々に術をかけてくれた”なんて売りつけんだろう」


 晴明様と呼ばれて応じたのは、なんとお爺でした。

 ナギは驚きの声をあげそうになり、口を手でふさぎます。まさか本人が盗人をこらしめるのに協力してくれるなんて、思ってもいませんでした。


 兄弟はつばを吐きわめきます。


「はぁ!? ふざけんなじじい! この石は盗んだんじゃない。本当に安倍晴明からもらったんだ! そうだろ兄者!」


「そうだそうだ! だいたい、お前みたいなヨボヨボなのが安倍晴明なわけがあるか! 嘘つきはお前の方だろう!」


 弟が怒り任せに小ぶりの石を掴み、晴明に投げつけました。とっさにフェノエレーゼが間に割り込む。


 風に弾かれ、石は晴明に当たる前に地面に落ち転がりました。


「ぼさっとしているな、じいさん。なんのためにその式神どもを従えているんだ。石を壊させるなりなんなりできたろう!」


 晴明の懐には昨日の紙の式神、足元にはタヌキの式神がいました。


「お主が助けに入ると知っていたからな。式神たちには手出しせぬよう言いつけておったのだ」


「チッ。本当に食えないじいさんだな」


 興がそげて、フェノエレーゼは扇を袂にしまいます。

 盗人兄弟は人ならざる力を目の当たりにして、腰を抜かして抱き合いました。


「何だ今の!? ば、化物! 風を操る妖怪だ!! 殺される!」


 妖怪が現れたとフェノエレーゼを指差し騒ぎ出す民衆に、ナギが声を張り上げます。


「彼女はおれの式神。晴明様にもしものことがあったら守るよう言っておいたのです。むやみに人を襲うような真似しません! あなた方は今のを見て彼女に(せき)があると思うのですか!?」


「ナギお兄さんの言うとおりよ! フエノさんはおじいちゃんを守っただけじゃない! ばけものなんて言わないで!」

 

 ヒナもフェノエレーゼの足にくっついて叫びました。

 ナギとヒナの訴えに、妖怪だなんだと責める声は小さくなって消えていきました。


 何を言われようと、二人はフェノエレーゼを守ろうと身を(てい)した。

 そのことが、フェノエレーゼの胸にあたたかな気持ちを与えました。なんと呼んでいいのかわからない、なんだかむず痒くなるような不思議な気持ちです。


「さて、儂に石を投げたことは式神が守ってくれたから咎めないとして。儂は紛れもなく安倍晴明。偽物だと疑るのなら、都にいる陛下にお伺いをたてるがいい。あのお方は儂の顔を知っておるからの。それでもなお、石は安倍晴明から直々に術をかけてもらったと、言えるか?」


 これ以上晴明を偽物だと詰り貶めると、この国で最も偉いお方を敵に回すことになりかねない。

 そのことに気づいた兄弟は、真っ青になって自分たちの罪を認めました。


 塚から盗んだ石を売りさばいたこと、安倍晴明から直々に術をかけてもらったと嘘をついたこと。


 検非違使に捕まり、後で相応の罰が下ることになります。


 盗まれた石は晴明が式神を使ってもとの塚に戻すと決め、塚の石窃盗事件は一件落着となりました。


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