拾弐ノ肆 妖しき協力者
「つまり、あの男どもは晴明塚に使われていた石を盗んで、売りさばいている、と」
ナギの話を聞いたフェノエレーゼは、腕組みして記憶を辿ります。
思いかえせば、村の入り口近くで寝ていたときに逃げ去った二人組は、先程の商人二人と同じ人物のように見えます。
わざわざ女装してひと目をごまかしてまで、盗みを働いていた。
何も知らない人が見れば、若い夫婦が家族のために、晴明塚の石を借り受けに来ただけに映るでしょう。
実際には、若夫婦などではなく、塚の石を盗んで転売する不届き者だったわけです。
「ええ。安倍晴明様の厚意が、盗み転売される形で踏みにじられてしまっていた」
ナギは悔しさで拳を固く握ります。
「具合が悪かったり、病気で困っている人に売ってお金もうけするなんて、ひどいことするのね」
ヒナも、家族の病気を治したいと言ってお祈りしていた人たちを間近に見ていたので、ほほを膨らませて怒ります。
「お前たちが奴らの悪行を止めさせたいと考えているのはわかった。だが、止めたいと言うのはた易いが、策はあるのか?」
「そ、それはこれから考えます」
「その調子でよく悪事をやめさせたいなんて言えたな……」
確実に悪事をやめさせるような策は浮かばなくて、ナギは口を閉ざします。
代わりに案を出したのはヒナでした。
親指と人差し指で輪っかを作って言います。
「あのおじさんたちが石を売っているなら、買えばいいんじゃないかしら。全部買い取って、せいめいさんの塚に戻すの」
「その金はどこから出すんだ? 晴明塚に戻したところで、奴らはまた石を取りに行ってここで売るのを繰り返すぞ」
「ええっと……」
指摘され、なんの解決にもなっていないことに気づいて、ヒナは口ごもります。
フェノエレーゼたちの手元にあるのは、ナギが依頼を受けて報酬としてもらった渡来銭。それは宿を借りたり、市で食料と交換するために必要なものです。
最低限しか持っていないので、石をすべて買い取るのはできないのです。
困っている人を助けたいし、悪事を見過ごせないのは二人のいいところなのでしょうが、気持ちだけで問題が解決するほど、世の中は甘くはありません。
「ふむ。塚の石が盗まれ売られている、か。その話が真なら、儂も手を貸そう」
「は?」
部屋の外、紅葉した木々のあたりから声がしました。
けれどそこには誰もいません。
人の形をしたちいさな紙が、宙に浮いているだけです。
人の形をした紙は、ひらりと室内に舞い込むと、亜麻色の髪に狐耳と尾を持つ青年になりました。
単に袴をはいた上から狩衣をまとっています。
「式神……? 一体誰の」
陰陽道を学んでいるナギには、それが式神の一種だとわかりました。式神は老人のような言い回しで、ナギの疑問に答えます。
「驚かせてすまない。儂は、そうさな、葛ノ葉とでも名乗っておこうか。貴殿たちに危害を加えるつもりはない。そう警戒しないでおくれ」
いきなり部屋に飛び込んできた赤の他人に対して、警戒するななんて言うほうがおかしいでしょう。
フェノエレーゼは扇を構え、いつでも攻撃できる体勢で葛ノ葉に問います。質問というよりは、尋問に近い棘のある口調です。
「葛ノ葉、ね。なぜお前は私達に手を貸そうとする? ナギたちの望みは、人間が盗んだ石ころを売りさばく奴らを止めること。誰の式神かは知らんが、お前には関係のない話だろう」
葛ノ葉は頷いてその場に膝をついて頭を下げます。
「ああ、身の上を話さずに協力を申し出るのは筋が通らぬか。失礼した。儂は晴明塚を作った安倍晴明……それに類する者。今はそれだけ言っておこう」