拾弐ノ参 善意を利用する悪意
フェノエレーゼが村にほど近い木陰で休んでいると、一組の男女が海沿いの方から歩いてきました。
男の装いは烏帽子に直垂。女の方も、向こうがすけて見える衣が縫い付けられた笠と単。男は大きな風呂敷包を抱えていて、女も小ぶりの包を二つ、持っています。
人目を警戒するように、忍び足で歩く姿は目立ちました。
フェノエレーゼは低木の影になっていたので気づかなかったようで、そのままいそいそ立ち去りました。
村人が雑用で出かけるにしてはいやに荷物が多いな、雀が食料よこせと突進しないなんて珍しい。いろいろ思いましたが、だるいので考えることを放棄しました。
かまってくれとまとわりつく木霊たちが賑やかだけど、聞こえないふりをして仮眠を取ります。
「…………さん、フェノエレーゼさん。こんなところで寝たら体に障りますよ」
ナギに肩をゆすられて、目を覚ましました。
日の位置が先程とかわらないので、そんなに時間は経っていないようです。
「フエノさん、はい。ぐあいよくなるように、おみやげ」
「……なんだこれは」
手渡されたのは、どんぐりひとつ。
そこら辺に普通に落ちているものです。
「どんぐりよ」
「見ればわかる」
えっへん! と胸を張るヒナに聞いてもまともな答えが返ってこないので、視線をナギにうつします。
「晴明塚の石だと、フェノエレーゼさんにとって良くないでしょう。だから、塚の近くに生えていた木の実を、せめてお土産にしたかったそうですよ」
「そうなの。せいめいづかの石はね、おんみょうじさんがお祈りしたから、病気をたいさんしてくれるんですって。だから、どんぐりもお祈りしたら、フエノさんが良くなるかなって」
「私のは病気ではなく、術の力にあてられてるだけなんだが」
と言っても、ヒナには術の力を感じ取れないし、フェノエレーゼになついて歌いはねている木霊たちも見えていません。
見えないもの、感じないものを理解しろと言うのも無理というものでしょう。
フェノエレーゼの顔色があまりよくないので、ナギは責任を感じてしまいます。ここに来たいと言ったのは、他でもないナギなのです。
「すみません、フェノエレーゼさん。貴女に影響が出ると知っていたなら、晴明塚を見たいなどと言わなかったのに」
「事前に予見できることではないだろう。謝るな。もう用が済んだなら、さっさと行くぞ」
『チッチッチッ。あっしにも、陰陽師の兄さんに向ける労りの心を少しでいいから向けてほしいでっさぁーーーー!』
「あぁ!! まるちゃーーーーん!」
フェノエレーゼは雀を投げ、衣についた枯れ葉を手ではらいながら立ち上がります。転がった雀はヒナが拾いました。
『きゅい~。あんた、どうせこうなるってわかってるのに、こりないわねぇ……』
オーサキがしみじみと呟いて、ナギも内心で同意するのでした。
晴明塚の村にとどまることは得策ではないので、フェノエレーゼたちはすぐに旅立ちます。
なだらかな道をゆき、一里塚を三つ通りすぎた頃、市が連なる交易の集落につきました。
市では、商人が声をはり上げて客引きをする。
地面に布をしいて、その上に野菜が並んでいます。
ほとんどの商人が野菜や米、草履などを売っているなか、一つだけ他とは異なるものを売る商人がいました。
線の細い男が二人。
目の前にアズキ色の石が積んであります。
道行く人々も、石なんかを売ってなんになるのかと、妙なものを見る目をして通り過ぎます。
無精ひげをはやした商人がニヤニヤしながら、フェノエレーゼに石を一つ、かざして見せます。
「おお、そこのお嬢さんはなんだか顔色が悪いね。この石一つどうだい。どんな病でもたちどころに治る、陰陽師様が術をかけた石なんだ」
「は? 寝言は寝て言え」
露骨に顔をしかめて、フェノエレーゼはさっさと歩いていってしまいます。
人嫌いな上に、術の余波を受けていたせいでかなり虫の居所が悪いのです。男に対する言葉にはいつも以上に棘があります。
男はめげず、今度はナギに話しかけてきました。
「お連れの旦那、どうだい。奥方の体調、心配じゃないかね。今ならこれだけにしとくよ」
二人の商人が持つ石は、どう見ても、先程晴明塚で見た石です。
災害に苦しむ民のために安倍晴明が施した術。その優しさと善意が、こんな人間たちに悪用されるなど。
同じ陰陽師として、これほど腹立たしいことはありません。
「いりません」
キッパリ断り、ヒナをつれてフェノエレーゼのあとを追います。
この日は集落に宿をとり、ナギはフェノエレーゼに相談を持ちかけました。
あの男たちが何をしでかしたのか、そしてそれをやめさせたいということを。