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とべない天狗とひなの旅  作者: ちはやれいめい
拾壱 絡新婦ノ章
122/145

拾壱ノ捌 違う命、同じ想い

 ヒナの姿が見えなくなり、ナギは濃霧に取り巻かれました。自分の腕もまともに見えないほど視界が悪く、がらにもなく舌打ちしてしまいます。


「ヒナさん! ああ、くそ、これが絡新婦のナワバリの中か。本当に何も見えない。絡新婦の狙いがおれなら、あの子に何もないといいが」


『きゅい! 気をつけてくださいまし、主様! 来ます!』


 耳元でオーサキが鳴き、ナギは神経を研ぎ澄ませるための略式術を唱えます。


六根清浄(ろっこんしょうじょう)急急如律令きゅうきゅうにょりつれい!」


 ナギを取り巻いていた霧が薄まります。

 カサカサと蜘蛛の足音を立てながら、絡新婦が現れます。女に似せた飾りを乗せて、八本の蜘蛛足で木々の間を這ってきます。


「あらいい男。そんな危ないものを持って、いけない人ね。手放しなさいな。ここにはよく人が迷い込むの。夜道は危ないから、わたくしの家で休んでお行きなさい」


「バケモノに気を許すつもりなど毛頭ない。(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)……」


 指を刀に見立て、横縦に宙を切り、印を結びます。

 その振り上げた手に、蜘蛛糸が絡みつく。

 絡新婦は一本、また一本と糸を吐き、徐々にナギとの距離をつめます。


おいた(・・・)しちゃダメじゃない、坊や」


「くそっ」


『主様を放しなさい! こんな糸、あたしがかみきってやる!』


 オーサキがナギの手に飛び移って糸に噛みつくけれど、びくともしません。

 はらりと、ナギの左腕をおおっていた布がほどけ、鬼の腕があらわになります。


「鬼の腕が……。そう。アナタ半妖なのねぇ! ふふふっ。わたくしをバケモノと呼ぶなんて酷いじゃなあい。アナタも人間とあやかしが混じったバケモノ。わたくしたち妖怪の同族だというのに」


『この虫! あたしの主様を、あんたみたいなのと一緒にすんじゃない……きゃあ!』


「オーサキ!」


 オーサキが糸の塊にされて地面に転がります。刀を抜くため伸ばした鬼の手も、糸にとらわれました。


「ほらほら、半妖の陰陽師さん、術を使わないの? 使えるものなら使ってみなさいよ。無理でしょうけど。おとなしくわたくしのごちそうに」


 自分の有利を確信して、絡新婦は挑発します。


「はん。蜘蛛ごときが偉そうに。虫けらは虫けららしく、()でも食ってろ」


「誰!?」


 絡新婦があたりをみまわすと、強風が吹き荒れます。風は渦巻く竜巻となり、辺り一帯をおおっていた霧を完全に吹き飛ばしました。ナギをとらえていた糸も散ります。


「ナギ、無事か」


「助かりました。フェノエレーゼさん」


「礼など要らん。雀。そこの白いミノムシを持って村に戻れ。今は役に立たん」


 足元のジタバタ動くミノムシから苦情があがります。


『ちょっとおおお!! 誰が、ミノムシよ!! あたしが役に立たないですってえ!?』


『チチチチ。雀使いのあらいお人でさー。でもオサキギツネはミノムシになってるから、言われてもしかたないっさ』


『きゅい! あとで覚えてなさいよあんたらぁぁあ!!!』


 敵が目の前にいて、瞬きの間も惜しいくらいの今、糸の塊から頭と尻尾しか出ていないオーサキを取り出すのは命取りでしょう。


 雀はあしでオーサキに絡まる糸を掴んで飛んでいきます。

 幻覚の効果を持つ霧を飛ばされ、絡新婦は悔しさと怒りで木々を震わせるほどわめきます。


「おのれえええ!! よくもよくもよくもよくもおおおぉ!!!!」


 苦しまぎれに糸を吐いても、ナギの前に立ちはだかるフェノエレーゼがことごとくカマイタチで切り裂いていきます。


「今のうちにやれ」


「はい! (りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)吐普加身依身多女(トホカミエミタメ)寒言神尊(カンゴンシンソン)利根陀見(リゴンダケン)波羅伊玉意喜餘目出玉ハライタマイキヨメデタマウ!」


 ナギが高らかに術を唱え、札を投げる。

 祓呪(はらえしゅ)の直撃をくらい、絡新婦はもがき苦しみ、地面をのたうち回ります。


「ぐぁああ、がぅあああ!! こ、の、半妖め、なぜ、人間に肩入れする。ぉまえとて、バケモノ、妖怪だというに」

「うるさい黙れ」


 フェノエレーゼはナギの刀を素早く抜き、わめく絡新婦の目に突き刺す。刀の根本がつくまで深くえぐると、断末魔の悲鳴をあげ、絡新婦は絶命しました。


「バカめ。あやかしの血を引くというだけで、勝手にお前のようなカスと同種にするな。お前とナギの格は天地の差がある」


 ナギは目の奥が熱くなるのを感じました。フェノエレーゼはいつでも本音で生きているから、下手ななぐさめや気休めなど言いません。



 手ぬぐいで乱暴に刀を拭い、ナギに刀を返してきます。


「宗近の刀はよく切れるな」


「貴女の翼が戻ったら、いつかお礼を言いにいかないといけませんね。この刀には何度も助けられている」


「…………ナギも、最後までついてくるつもりなんだな」


 ヒナは最初から、フェノエレーゼの翼を取り戻す手伝いという目的で旅に同行していました。

 ナギは師から見識を広めろと言われて旅をしているだけで、フェノエレーゼと同じ道でなくても問題ないはずです。

 それでも一緒に来るのだと思うと、フェノエレーゼは不思議とあたたかな気持ちになりました。


「お前たちは変わっているな。この森に入ってきたこともだが、私を助けても、ナギにもヒナにも得などないのに。里の妖怪たちですら、私を煙たがって近寄ってこなかったのに」


 複雑そうな笑みを浮かべるフェノエレーゼに、ナギは手を差し伸べます。人前に晒すのが嫌でしかたなかった鬼の手を。


「それは貴女もですよ。おれを助けても、貴女は得しないでしょう。人が、人を助けるとはそういうものです。損得勘定ではない。貴女が大切だからです」


 言われたとおり、これまでもナギやヒナを助けようと思い動いたのは、打算もなにもありません。

 ただただ、助けたい、その一心でした。

 誰かを助けるのなんて、翼を取り戻すための……サルタヒコのごきけん取りでしかないと、思っていたのに。



 そっと、ナギの鬼の手を取ります。爪が尖り、人の色ではない手を握り、自分のほほにみちびきました。空いた右手を、ナギのほほに当てます。


「え、ええと、フェノエレーゼさん?」


 真白な手で触れられ、気恥ずかしくてほほが熱を持ちます。人間と大差ない、あたたかな手のひらです。


「なにも、違わないのだな。私たちは」


 泣いているような、微笑んでいるような。少し震えた声で言います。ナギは、ナギのほほに触れるフェノエレーゼの手に重ねます。


「ええ。あやかしも、半妖も、人間も。おれたちは誰かを想う心を持っている」


 虫や野鳥たちの鳴き声だけが響く、静かな夜の森に、声がとけていきます。抱擁するでもなく、愛を囁くでもなく、二人はただただ、黙ってそうしていました。


 体に刻まれた呪の印が薄れたとフェノエレーゼが気づくのは、もう少しあとのこと。

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