拾壱ノ陸 フェノエレーゼを探しに
村でフェノエレーゼとオーサキの帰りを待っていたナギですが、夕方になってもフェノエレーゼが戻らないので、さすがに不安になってきました。
森をくまなく調べるにしても、日が落ちるまで帰らないなんてことはしないでしょう。
探しに行こうかと、村の外を気にします。
「ナギは狙われる可能性が高いから来るな」とフェノエレーゼに言われていたけれど、心配なものは心配です。
村の中で遊んでいたヒナが、オババのひ孫たちをつれて帰ってきて、落ち着かない様子のナギに聞きます。
「ナギお兄さん、どうしたの? なにかあったの?」
「ヒナさん。それが……。フェノエレーゼさんとオーサキが周囲の調査をしに行ってくれたのですが、まだ戻ってこないのです」
「ええ!? ど、どうしのかなフエノさん。もしかして、崖から落ちたときみたいに、怪我をして動けなくなっているのかな」
「いえ。それならオーサキが伝令に来るはず」
二人ともが戻らないとなると、なにか別の理由があるのでしょう。
『にゃ。あるじさま、オイラがいこうか? てんぐと姉ちゃん探してくる』
『チチチチ。あっしもいくっさ! 役に立つってところを見せてやるっさ!』
タビと雀がいきごんでいると、ふたり組の木こりがおりて来ました。背負子に薪を山積みにしています。
「おんや、見かけない格好の男だに。もしかして、あんたがフエノが言っていた陰陽師だに?」
「フエノ!? 貴方たちはフェノエレーゼさんに会ったのですか!? どこで!」
木こりたちはつかみかからんばかりのナギの勢いに気圧されて、飛びのきます。
「お、おおおぅ!? 何をそんなに慌てているんだに、陰陽師さん。また日が真上にある頃に、そこの一本道で会ったんだ。おらたちの村でも、居なくなった人はいねぇかって聞かれたんだ。それ以降は会ってねぇ」
「…………そう、ですか。すみません。ありがとうございます」
正午ということは、フェノエレーゼが村を発ってすぐです。最後に目撃されたのが一本道なら、まずそこに行ってみることにしました。
ヒナが絶対ついていくと言ってきかないので、護身用の札を持たせ、タビと雀をヒナの護衛につけます。
なにか妖怪のたぐいに出くわしても、絶対ヒナひとりで無理をしないことを約束させました。
夕日の色に染まる山道を、ナギとヒナで歩きます。
そこそこの広さがある見晴らしのいい道で、行き先を見失う要素なんてありません。
森の中を見回し、ヒナは空を見上げて一点を指差します。
「ねえナギお兄さん。あれは何かしら。カラスがたくさん集まって鳴いているわ」
「あれは……」
とびぬけて高い杉のあたりに、カラスが何十羽と群がっていました。空がそこだけ黒いので、嫌に目を引きます。
ヒナの肩にとまっていた雀が、ひとこえ鳴きます。
近くを飛んでいた雀が数羽集まってきて、何やらチイチイ騒ぎます。
『チチチ。カラスたちは、どくけし、さがしてる。家くらい大きなクモの巣に、と言ってるでさ。雀だってこのあたりで暮らしてるから、カラスたちの変化を気にしてるらしいっさ』
「巨大なクモの巣……? まさか、蜘蛛にまつわる妖怪か。カラスがそこに毒消しを運んでいる?」
「あ! カラスさんたちは、もしかしてフエノさんに言われて動いてるんじゃないかな。ほら、ソウジくんを探すのに、カラスさんとお話していたでしょ?」
「じゃあ、フェノエレーゼさんはそこに。………ここで考えているだけでは埒が明かないな。居所を探さないと」
毒消しを運ばせるということは、毒を使う妖怪か。誰かが毒に侵されている。これまで失踪している若者か、もしかしたらフェノエレーゼ自身が。
悪い方にばかり考えてしまいそうで、ナギはかぶりを振ります。
ガサガサと大きな音を立てながら、道からそれた茂みの中から小さくて白い獣が飛び出してきました。
『きゅいーーーー!! あるじさまあるじさまあるじさまあるじさまぁーーーー!!』
「オーサキ!! 無事だったか。フェノエレーゼさんは一緒じゃないのか?」
『きゅい! こっちに来て主様! 変な森に通じるところがあるの! 白いのは、幻術をつかう妖怪につれて行かれちゃったの! きがついたら霧の深いところにいてね、最初は人間の娘に見せかけてたんだけど、白いのに触ったとたんクモの本性が』
半泣きでオーサキがこれまでに起こったことをまくしたて、オーサキの言葉から、ナギは行方不明者が続出している元凶に思い至りました。
「絡新婦か。どうりで、若い男ばかりいなくなるわけだ。……ヒナさん。もしものときのために、教えた九字、覚えていますか」
「りんぴょうとうしゃ、っていうあれでしょ?」
「ええ。もしもこの霧の中で女人に会ったら、それは妖怪です。すぐに逃げてください。それでも追われたら九字を唱えて札を投げる。あなただけでも逃げる。約束できますか」
「う、うん!」
ナギの話の途中から、視界が、突然あらわれた深い霧につつまれます。
目の前にいたはずのナギの姿が見えなくなり、ヒナは雀を抱きかかえて、タビにしがみつきます。
『チチチ。嬢ちゃん、気をつけるっさ。この森は変でさ』
雀の言葉はわからなくても、警戒しろと言ってくれていると感じます。
怖くて震えながらも、それでも足を踏み出しました。
「……わたし、がんばる。きっと、フエノさんたちはこの森のどこかにいる」