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とべない天狗とひなの旅  作者: ちはやれいめい
拾壱 絡新婦ノ章
119/145

拾壱ノ伍 絡新婦の根城、囚われの天狗


 霧で視界が悪い中、女の言うまま歩いてたどりついたのは、廃棄された神社でした。

 鳥居は壊れて、神使の像も盗まれて台座だけが残されている。御神体があるべき場所は巨大な蜘蛛の巣におおわれていました。

 部屋中ホコリまみれで空気は粉っぽく、穴が空いた壁から夜空が見えます。


「ここがわたくしの家よ。ゆっくりしていってね」


 部屋を覆い尽くす蜘蛛の巣に、女……いいえ、女の頭に似せた飾りをつけた絡新婦がのぼり、人間のような声を出して微笑します。


 何が理由かはわかりませんが、フェノエレーゼには、女が蜘蛛の妖怪、絡新婦(じょろうぐも)として映っていました。

 部屋の中には先に誘拐された男たちがいて、足が完全に糸にからめとられ貼り付け状態でした。うち二人は生人の色をしておらず、すでに息がないのがわかります。

 生きている者も痩せこけ、虚ろな目をしています。


「ああ、えれえけっこい娘だ。おら、もう村なんかどうでもいべ。おらの嫁になってくれ」


「抜けがけは許さん。その子はオレのもんだ」


 洗脳……というほかないでしょう。雨露すらしのげないようなホコリまみれで薄汚いところにいるというのに、若者たちはみんな幸せそうな顔です。

 一歩間違えばこいつらの仲間入りだったのかと、フェノエレーゼは寒気がしました。


 少年ーーおそらくキスケーーが夢見心地で、絡新婦にすがりつきます。絡新婦は蜘蛛脚をはわせて、キスケのほほをなでます。


「姫さん、おらと一緒に都に行くべ」


「わたくしをめとってくださるの? ずっと一緒にいてくださるの?」


「もちろんだべ。ほかになにもいらないずら」


「うふふふふ。なにもいらない、そんなわけにはいきません。そろそろお食事の時間でしてよ」


 食事、と言って絡新婦がとり出したのは、ベニテングタケです。

 赤いかさを細かに砕いて、割れた茶碗に入れ、若者ひとりひとりに差し出します。

 ベニテングタケの幻覚作用のせいでしょう。みんな、なんの疑りもなくキノコを口にして、美味い美味いと言います。


 絡新婦は口をキシキシと言わせ、一人の足に噛みつき血をすすります。これが、この蜘蛛の食事──。生けどりにした男たちの血を飲んで活力にする。



「ほら、貴方も。お腹が空いたでしょう? 質素なものでわるいけれど、キノコの粥なの。食べて」


 絡新婦はフェノエレーゼにも、毒キノコを渡してきました。

 フェノエレーゼは口にふくむフリをして、絡新婦が他の男に気を取られているスキに、そっとキノコを捨てます。食べたら最後、幻覚と洗脳で他の男たちのようになるのです。



 風を起こして逃げようにも、扇を奪われてしまったので、ナギが来るのを待つか、別の方法を探すしかありません。


 玉藻をはじめとする妖狐のような化ける能力は持たないものの、自然界にある毒を利用して人間を捕らえ意のままにする。厄介な相手だと、短く舌打ちします。


 オーサキがナギを呼んでくるのが先か、自分が絡新婦のエサになるのか先か。

 もしくは、ヒナが無茶して、フェノエレーゼを探しにここまで来てしまうのではないか。



 ナギを心底慕っているオーサキですが、反面、フェノエレーゼのことを毛嫌いしているのは見てわかります。

 フェノエレーゼが役目を放棄して逃げたことにでもして、ナギを呼んでこない可能性もあります。


 けれど、ナギならきっと、ここに来るでしょう。

 そしてヒナも。


 今もフェノエレーゼは、人間なんか大嫌いで、妖怪退治の話に乗ってやったのも、呪を解くための点数稼ぎ。心を伴わない、形だけの善行です。

 猿田彦の望み通りの“人間を見守り慈しむ優しい人物像”なんてクソ食らえ。


 人間は大嫌いだけど、ヒナとナギがここにくると、確信がありました。根拠も何もないが、己は絶対こんなところで蜘蛛に食われて死ぬことはないと。


 ナギがお守りとして結んでくれた髪紐に触れ、考えます。

 蜘蛛は蜘蛛の巣のわずかな揺れを感知できる。逃げようと暴れれればすぐに知れるでしょう。

 フェノエレーゼを捕えに来たときのように、新しい男を探しに巣を離れたときが唯一の好機となる。

 死んだ者は無理でも、せめて生き残った男は逃さなければならない。


 ここが森なら必ずいるはず。

 フェノエレーゼは食事中の絡新婦に聞かれぬよう、小さく、カラスにしかわからない声をあげます。


『毒消しを。蜘蛛女がいなくなったすきに、男たちに食わせろ』


 バサバサという羽音、眷族たちの鳴き声が、闇夜にこだましました。

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