拾壱ノ壱 駿河ノ事変
長月も半ば。
フェノエレーゼ一行は富士の付近にある、駿河国にいました。
小春日和で、雲一つない青空です。
フェノエレーゼは降り積もる木の葉を踏み荒らしながら、歩みを進めます。
「くそ。人里はまだか。もう四日も野宿しているのだぞ。そろそろ見えてきてもいいんじゃないか」
『チチチチ。旦那ぁ。人間嫌いなのに人里を探すってすごいムジュンでさー』
「だまれ阿呆!」
『ギャーーッス!』
するどいケリをくらい、雀が大空に飛び立っていきました。
『きゅーい! いいわよ白いの、やっちゃって!!』
『にゃ! そうだそうだ! 雀はあるじさまのぶんのごはんまで食べた! 悪い子! 次やったら食っちゃうぞ!』
雀を助けるどころか加勢する式神たち。
自分たちは野山のネズミを狩って食べられるけれど、ナギとヒナはきちんとした食べ物でなければならない。
なのに、雀に貴重な食料を食べ尽くされてしまったので腹を立てています。
式神たちの声なんて聞こえちゃいないヒナが、大慌てで走ります。
「丸ちゃーーん! ひどいわフエノさん。なんでいつも丸ちゃんをいじめるの!」
『うう。ジゴクにホトケでさ。あっしを助けてくれるのは嬢ちゃんだけでさ』
ヒナが葉っぱまみれになった雀を拾い上げて、ていねいに手ぬぐいでふいてあげます。わざとらしくヒナにすりより泣き真似をする姿に、フェノエレーゼの怒りが増します。
「雀を甘やかすなヒナ! お前もナギも食料がなければ飢え死にするだろうが。もっと怒れ! 雀なんかそこら辺の虫でも食ってればいいんだ!」
若干私怨も混じっていそうですが、怒る理由がヒナとナギのためだったことに、ナギは小さく笑います。
「おれたちのために、ありがとうございます。けとばすのは少々やりすぎだけれど、たしかに毎回食料を食べ尽くされていては、旅に支障が出ますね。雀用を別に用意するのは無理がありますし……。ほんとうに虫か木の実を食べるようにしてもらわないと」
真剣な顔であごに手をあて考えるナギに、フェノエレーゼが提案します。
「そうだ。いっそここに埋めていこう。それがいい」
『チチチチッ! 天狗の皮をかぶった鬼がいるでさ!』
キチクな案に、必死に羽をばたつかせる雀。
心なしかヒナも困り顔です。
「あれ……なんだか丸ちゃん、旅立ったときより重くなった? あんまり太ると、とべなくなっちゃうわよ。少し食べる量を減らしたほうがいいんじゃないかな」
『チチチ。嬢ちゃんまで!? そんなせっしょーな! 食はあっしの生きがいなのに……!』
嘆いていたかと思いきや、雀はガバッと顔を上げて、ヒナの手のひらでばたつきます。
『はっ!! いのしし鍋のニオイでさー!!!! あっちに村があるっさ!』
「丸ちゃん!」
こんな時ばかり素早く、雀は矢のようにまっすぐ道の向こうに消えていきました。
冗談抜きに、本気で雀を埋めようかと思うフェノエレーゼでした。
雀がしめす先は、家が五、六軒点在するこじんまりした集落でした。
年かさの男が数人、畑で作物を収穫する姿が見えます。
木と木の間に紐が張られていて、そこに洗濯物を干す女たちもいます。
フェノエレーゼたちが村に足を踏み入れると、農作業を手伝っていたらしい泥だらけの女性が通りかかり、ナギに目を留めました。
そして鬼気迫る顔で大きな声をあげます。
「もしやその身なりは、音に聞く陰陽師殿でねえけ!?」
「え、ええ。見習いではありますが、陰陽道を学んでいます。なにか、陰陽師の力を必要とすることがあったのですか?」
ただ事ではない様子を感じ取り、ナギは女性に聞きます。
女性は三十後半といったところ。胸の前で両手をあわせ、わらにもすがるような、つらそうな面持ちで言います。
「行方しれずとなった若者たちを、探してほしいんさ。陰陽師は、人探しもできると聞いた」
「若者、たち? 村人が何人もいなくなっているのですか?」
「はい。……外では難だの。オババんちに案内するけ、詳しい話はそこで」
ナギはフェノエレーゼをちらりと見て、フェノエレーゼはうなずきます。人だけでは解決できないなにかが、この地で起きている。
話を聞くため、一行は女性のあとに続きました。