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拾ノ漆 おもいの天敵

 強風が吹き荒れ、風圧で折れた枝が降り注ぎました。


「ギャッ!!」


 おもいが悲鳴をあげてとびすさり、ナギは解放されました。


 膝をつき、絞められた首の痛みで咳き込みます。


「ナギ。来るぞ。態勢を整えろ」

「フェノエレーゼ、さん」


 ナギを守るようにして、フェノエレーゼはおもいとナギの間に立ちはだかりました。おもいは木の枝に乗り、ケラケラと不気味な声を立ててわらいます。


「ギャギャ、天狗だ。それも、神格ノ、天狗。そこら辺の雑魚より格別に美味いのだろうなァ! 半妖と神格、二つも飯が食える。今日は善き日だ」


「ふん。サトリ風情が、この私に勝てるとでも?」


 フェノエレーゼはいつもと変わらぬ強気で、おもいを見上げます。自分が食われる心配なんて、みじんもしていないのです。


 ナギもこのまま食われるなんて本意ではないので、札を出します。


「フェノエレーゼさん、すみません。おれが甘いばかりに。もっと、こんなことで迷ったりしないで、政信や師匠のように強くあれたら、貴女の手を煩わせることはなかった」


「なぜお前は謝る」


「え……」


「人と違う意見であることは、謝ることなのか? 己を憎んではいけないのか? 己の信じる答えを恥じるな」


 政信とナギと、二人の師は全く別の人間なのです。意見を違えることもあるでしょう。

 棚機津女の問題に、誰かが絶対に正しいなんてことはない。いちがいに正誤でわけられる問題ではありません。


 生け贄が正しいことなのかと、疑問に思う気持ちを、恥じることはないのです。


「……ありがとうございます。おれには、おれなりに信じるものがある」


 決意を新たに、ナギはおもいをむかえうちます。



 

 おもいはフェノエレーゼの目と鼻の先に飛び込み、心を読み取り動揺を誘います。


「天狗、お前はサルタヒコが憎いと思ってるな。家族を奪った人間が憎いと思ってるな。どうだ、怖いだろ、お前の心は我に筒抜けなのだ」


 おもいはこんらんさせ、恐怖に凍る者を食うのが好きなのです。うるさいほどに、フェノエレーゼの心を声に出します。


「だからどうした? そんなことは、お前に言われずともわかっている。私はサルタヒコも人間も嫌いだ」


「そ、その半妖を守りたいと思ってるな、そそそ、それから、それから」


 心を読まれても顔色を変えないフェノエレーゼに、おもいは焦りました。


 これまで心を読まれることを恐れる者ばかりだったのに、相対する天狗は、なんとも思っていないのです。

 それどころかーー


「ククク。私の心が聞こえているのだろう。さあ、読んでみろ」


「ギャ、ググーーーー!」


 真っ白な手に頭を掴まれ、おもいはあらん限り叫びます。頭を砕かんばかりの力です。

 どんなに暴れても、白い指をひきはがすことがかないません。妖怪の格があまりにも違いすぎました。


「ナギ。やれ。チリ一つ残すな」


「……はい! (りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)!! 穢れよ消え去れ、この地を清め給え!」


 ナギは指で九字を切り、札を放ります。

 札はおもいにはりついて、黒い炎をふきます。断末魔が消える頃にはフェノエレーゼの手の中は空になっていました。




 深く息をついて座り込んだナギに、フェノエレーゼが歩み寄ります。


「ありがとうございます、フェノエレーゼさん」


「気にするな。私はサトリの天敵だからな。できることをしたまで」


 差し伸べられた手を取り、立ち上がります。


「天敵、というのは?」


「ヤツは心を読む。それを逆手に取ったまでだ。ただ考えたのさ。いかにしてサトリ(おまえ)を殺してやろうか、八つ裂きがいいか、火あぶりがいいか、と」


「ふふふ。それは、たしかに怖い」


 目の前の者が自分を殺す方法を延々考えているのは、心を読めるおもいにとっておぞましいことでしょう。


 ナギの顔をのぞき込み、フェノエレーゼは微笑みます。


「先程よりいい顔をしている。憂いは晴れたか」


「おかげさまで」


 フェノエレーゼに言われて、自分を否定することをやめようと、思いました。

 誰かに愚かだ、過ちだと笑われても、自分の信念を大切にしよう、そう決めました。

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