弐ノ壱 でこぼこな一行
「フエノさーん、お腹すいたー」
『チチチチチチーー。腹へったっすー』
うららかな昼下がり、交互に飛んでくる腹減りの申請に神経を逆撫でされ、フェノエレーゼは声を荒らげました。
「お前らうるさい! 特に雀! なんだって人間の小娘より食ってんだ!」
フェノエレーゼの怒りの矛先はもっぱらヒナの頭の上で休憩している雀です。
旅立って三日目。
本来なら、今頃この先にある村に着いている予定でした。なのに、まだ人里の気配はなし。
おじいさんとおばあさんから渡された食料は、今朝底をつきました。
どこに目を向けても生い茂る木、木、木。家と呼べるものはなし。
獣道のせいで転びやすいし、フェノエレーゼの苛立ちは頂点でした。
それもすべては雀の大食いが原因、とフェノエレーゼは考えます。
ヒナはまだ五才。食べると言ってもたいした量ではありません。
天狗であるフェノエレーゼは、そこら辺に自生している木の実、果物でこと足ります。
予定では村に着くまでは保存食がもつはずでした。
なのに今やヒナの持つ風呂敷のなかは空っぽ。
雀がヒナどころかフェノエレーゼを軽く上回る量食べるのです。
同行させるんじゃなかったと後悔してもあとのまつり。
雀はヒナの頭の上でふんぞり返ります。
『チッチッ。だって、だって、あっしは人里で育ったもんですから、ひとさまのものを拝借して生きてきたんす』
「食べたら食べっぱなしで返さないのは、拝借でなく泥棒というんだ!」
『それを言うたら旦那だって足が痛いって四半刻ごとに休んでまさー! 休まなければ今頃村についてまさ!』
「ふん。私は天狗。いつもは飛んでいるから歩き慣れないだけだ。だいいち、常に人の肩に乗ってるお前が言うな!」
ぐぐきゅるるるー。
フェノエレーゼの苛立ちに返事したのはヒナでも雀でもなく、ヒナの腹の虫でした。
「ううー。フエノさん、丸ちゃんはなんて言ってるの? もしかして近くにごはん食べられるところがあるの?」
丸ちゃんとは雀のこと。
ヒナは名前があった方がいいよねと、雀に『ぼんてんまる』などという仰々しい名前をつけていました。
「こんな無駄飯食らいの雀に名前なぞつけなくていい。それに、万一力のあるものが妖怪に名前をつけると契約になる」
「けい、やく?」
ヒナは初めて聞く言葉にまばたきを繰り返して、首をかしげます。
「お前、陰陽師というのは聞いたことはあるか?」
「うーんと、そういえばお母さんが、町にはそういう人もいるって言ってた」
「なら話が早い。陰陽師ってやつは妖怪を退治したり従えたりできるやつのことだ。雀みたいに弱い妖怪なら、陰陽師に名付けの契約をされると式神……ようは手下にされてしまう。
どんな命令にも逆らうことができなくなる。我々妖怪にとっての天敵だ」
契約で縛られれば、妖怪が妖怪を殺すこともありえます。
説明したところで幼いヒナにわかるはずありません。
「ふぅん。妖怪のせかいも大変なのね」
ヒナは大人ぶってわかった風なことを言いながら相づちをうっているけれど、みじんも理解できていません。
『おお! 旦那、旦那! あっちでうまそうな匂いがしやす! この匂いはにぎりめし! これで嬢ちゃんも食い物にありつけまさ!』
さっきまでばてぎみだった雀が、急に元気になって飛び出します。
「おいこら雀、勝手な行動をとるな!」
雀が矢のごとく飛んでいった雑木林の先で、人の悲鳴が聞こえてきました。
「……ま、まさか本当に人が」
フェノエレーゼは雀の食い意地……もとい嗅覚におののき、ヒナと二人、悲鳴が聞こえてきた方にいそぎました。