拾ノ肆 作戦会議
ヒナが聞いてきたことをまとめた紙を読み、ナギと政信は意見を交わします。
「政信、このあたりに毛むくじゃらで人を食う妖怪というものはいるのか。タヌキやキツネならそういうだろうし、別のものだろう」
「さて。一人でいるところに現れて、お前は津女に相応しくないといい、食おうとしてくる……。おそらく、この子がとくべつ妖怪の声を聴ける者というわけではなさそうだ。ひとつだけそれらしい伝承がある」
口元に手を当て、いつになく険しい顔で政信は言います。
文字を読めないフェノエレーゼは、作戦会議を邪魔しないよう、二人から離れたところでヒナから話を聞きます。
「お姉さんね、タナバタツメになりたいなら代わってあげる。あなたがなればいい、なんていうの。まるでなりたくなかったみたい」
「ふうん。まあ人間の考えることなど私には想像もつかんが、私とて資格があったとしても棚機津女など願い下げだな」
「どうして? 村長さんはタナバタツメになれるのはとてもすごくてホマレって言っていたわ」
珍しくフェノエレーゼが人に同情するようなことを言うので、ヒナはますます意味がわかりません。
「まったく……お前は大人の言うことを素直に聞きすぎるきらいがあるな。少しは自分の頭で、自分におきかえてかんがえろ。もしもお前が棚機津女になったら、ここにいる誰とも、祖国の家族とも会えなくなる。人の言うところの穢れに相当するから、雀やクダギツネたちもな」
ヒナはフェノエレーゼの言うことを想像してみました。
大好きな人たちと会えない。
おじいちゃんも、おばあちゃんも、村の人たちも。
兄のように思っているナギも政信も。
──フェノエレーゼがこうして叱ってくれることもない。
津女のお役目を負ったら、旅についていくことも、できなくなるのかもしれない。
ヒナは悲しくて辛くて胸が痛くなって、ぎゅっと手を握ります。
『チチチ。嬢ちゃん、大丈夫でさ? 旦那は言葉を選ばなすぎでさ』
『きゅいー。サイテー。白いのは相変わらず容赦ないのね。こんな幼い子に理解しろなんて無茶よ』
『にゃ! テングはひどい』
小物妖怪たちに口を揃えてダメ出しされ、フェノエレーゼがこめかみに青筋をたてます。
ぶっ飛ばしたいけれどここは村の中。
ただでさえ妖怪のことでピリピリしている村の中で、妖のフェノエレーゼが何か起こしたらナギたちが迷惑をこうむるので思いとどまりました。
話し合いを終えたナギが、政信とそろって戻ってきます。
「おまたせしました。相手の目測をつけたので、おれと政信、フェノエレーゼさんで妖怪が現れた地点を捜索しましょう。人間だけでは不利な妖怪です」
「わかった。私はお前を守ればいいわけだな」
ナギがひどく思い詰めたような顔をしているので、一筋縄でいかない相手なのだろうと察します。
「ヒナ。お前はしばらく棚機津女の話し相手になっていろ。今回聞いたこと以外に、有益なことを思い出すかもしれん」
「はーい!」
ヒナは危険なことはするなと、夜道怪のときに言われたばかりです。キヌと話すことがフェノエレーゼのためになるなら、そうすることでフェノエレーゼを支えようと思いました。