表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/145

拾ノ参 棚機津女を襲った妖怪

 ヒナはお役目をもらったその足ですぐ、棚機津女に会いに行きました。


 村にいる同じ年頃の娘と何か特別違うでもない、ごくごく普通の娘です。

「棚機津女は儀式のために織物(おりもの)をする特別な人だ」と聞かされていたので、思ったより身近な存在のようですこし安心しました。


「はじめまして。わたしはヒナ。陰陽師のお兄さんたちに、聞きたいこと代わりに聞いてきてほしいって、たのまれてきたの」


「はじめまして、私はキヌ。私のためにわずらわせてごめんなさいね」


 キヌは手で口元をおおうようにして、うつむきがちです。顔色もあまりよくなくて、ヒナは心配になります。

 借りた机に紙と筆を広げて、キヌに問いかけます。


「キヌお姉さんは、どんな妖怪さんにあったの。何かされて、だから苦しいの? 思い出すの辛いかもしれないけど、ひとつでもいいから、相手が何なのか知る手がかりがほしいの」


 単刀直入に聞かれて、キヌは頭を左右にふります。


「私、私は……棚機津女に選ばれてしまったけれど、ほんとうは、辞退したほうがいいの。私の他にいた候補の()のほうがふさわしいわ」


「どうして? 村長さんが言っていたわ。タナバタツメになれるのはホマレでホコリなんだって」


 誉れも誇りも、ヒナにはなんなのかわかりません。けれど、とても大事な役目で、なりたいからといって誰でもなれるものではない、胸を張れるものだと村長から聞いています。


「ふふっ。ホマレ、ね。そんなにホマレなんてものがほしいなら、あなたがなればいいじゃない。こんな、こんなくだらない役目喜んでくれてやるわよ」


「え……」


 言ってしまってから、キヌは慌ててヒナから目をそらします。

 突然突き放すような声音でなじられ固まるヒナに、妖怪に会ったときのことを語ります。


「木の実を取りに森に行ったら、毛むくじゃらで、二つの目玉だけ嫌に目立つ不気味なものが現れたわ。“お前は棚機津女に相応しくない。他の娘のほうが相応しい、と思っているだろ? ワシが食えば津女にならずに済むぞ”そして大きく口を開いて襲ってきたの。持っていたもの全部放り出して走って逃げて、なんとか村に帰れたけど……」


 その時のことを思い出してしまったようで、キヌは固く目を閉じて身震いしています。

 ヒナは疑問に思って確かめます。


「その妖怪はしゃべったの?」


「なに。私が嘘をついているとでも?」


「ううん。そうじゃないの。妖怪のことばを聞き取れる人は少ないんだって、フエノさんからおしえてもらったから」


 実際、雀やオーサキ、タビ、それとこれまで出会ってきた桜木精や狐、烏などとは、会話できたことはありません。

 動物系統の妖は、他の動物のように鳴いているようにしか聞こえないのです。


 キヌが妖の声を聞き取ることのできるとくべつな人なのか、それともその妖怪が人のことばを話せる能力を持っているのか。ヒナには判断することはできません。


 とにかく紙に聞いたこと、不思議に思ったことを書きとめて、キヌにお礼を言います。


「ありがとう、お姉さん。陰陽師のお兄さんたちに伝えるね。かならずなんとかなるから」


 キヌの返事はありません。不愉快そうに顔をしかめてヒナの方を見ないまま。

 帰り支度をすませて出ていこうとしたヒナの背に、小さな声が届きます。


「……ごめん、ありがとう。久しぶりに人と話せて、良かったわ」


 ヒナは振り返り、笑います。


「うん!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ