拾ノ弐 一つの問題
村についてすぐ、村人に場所を聞いて村長のもとを訪ねました。
村の中でもひときわ大きな家で、つくりがしっかりしている。長に仕える人間もいるようで、それなりに裕福なのがわかります。
通された部屋では目鼻立ちが政信によく似た男が、薄い座布団に正座して、ナギたちに向かいに座るよう促しました。
立ちふるまいから醸し出される雰囲気はかたく、息子とは違って厳格そうな男です。
「話は政信から聞いているよ。弟弟子が妖祓いの手伝いをしてくれると」
「よろしくお願いします。ナギと申します。早速ですが、妖のことを詳しく教えてください。政信だけでかたをつけられない理由があるのでしょうか」
ナギが本題を聞くと、村長は深く頷いて切り出します。
「妖怪に会ったというのは、棚機津女に選ばれた娘なんだ。……君は、棚機津女のことをどれくらい知っているかな」
「文月の六日から七日にかけて、機織りをする女性のことですよね。儀式の前には禊をする必要があると」
「ああ。それに加えて、棚機津女は儀式の数日前から、穢れを遠ざける必要があるのだ。異性と関わってはいけない」
「……なるほど。それでは政信が根本を解決できないわけだ。おれもその人と直接関わるわけにはいかない。儀式まで津女に側仕えする女も、未婚のものに限るのだ」
村長の説明を聞いて、ナギはどうしたものか考えます。
「ねえナギお兄さん。どういうこと?」
話が難しすぎて、ヒナはよくわかっていません。
ナギはヒナにわかるよう、かみくだいた言いまわしを探します。
「いいですかヒナさん。棚機津女は、神さまにお仕えするので、男の人と会話してはいけないのです。おれや政信は男なので、妖怪について詳しく聞きたくてもきけない。フェノエレーゼさんも、話を聞くのは難しいでしょう」
フェノエレーゼは、半分は女でも、もう半分は男。側仕えの女として入り込むことができません。
「それじゃあ、わたしがそのたなばたつめさんに話を聞きにいくのはいいのかしら?」
「ふむ。棚機津女に話を聞いてくるだけなら、危険もないだろう。ナギ、お前さえ構わないならヒナに行かせてみるか」
ヒナなら未婚の娘であり、うってつけでしょう。
「そうですね。妖怪について聞きたいことをまとめるので、おれの代わりに聞いてきていただけますか?」
「まかせて! わたし、お手伝いできるならがんばる!」
ナギたちの会話を聞いていた村長は訝しげです。
「其方たち、正気か? そんな童に何ができるというんだ」
「安心してください。この子は読み書きができますから、棚機津女さんに必要なことをきいて書きとめるくらいのことはできます」
「そうよ。わたし、宗近のおじちゃんに字を教えてもらったもの。ちゃんとお役に立てるわ」
ナギたちにできないことを代わりにできる。文字を覚えたことが、そして非力な女の子であることが今は役に立つのです。
ヒナは誇らしげにむねをはります。
あまりにもヒナが堂々としているので、まだ文句を言おうとしていた村長は、毒気を抜かれてしまいました。
ヒナに妖怪の情報を聞き出すことをまかせ、フェノエレーゼとナギは政信と合流しました。政信が知っているこのあたりの妖事情を共有するためです。
政信は、儀式の場付近に妖よけの札を貼っていました。
フェノエレーゼの姿を見るなり両手を広げます。
「会いたかったですよ、フェノエレーゼさん! ついにワタクシの愛を受け入れてくれる気になったのですね! ああ、恋文を送った甲斐があるというもの。夫婦になるために吉日を占わなければなりませんね」
「誰がお前なんかと番になるか! 調子に乗るな変態!!!」
「うぐおふぅ!!」
殴られて鼻血を出してもニヤニヤ笑顔の政信に、フェノエレーゼとナギは一抹の不安を覚えるのでした。